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2020年1月12日

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松花堂庭園~文化人・松花堂昭乗の残した書簡から”人脈”を学ぶ【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

京都府八幡市にある松花堂庭園は、石清水八幡宮の高僧である松花堂昭乗の草庵を起源とします。「松花堂」とは、草庵茶室の名によります。

庭園にはこのほかに、待隠(遠州好「閑雲軒」写)、梅隠(宗旦好)、竹隠の3つの茶室があるだけでなく、とくに椿や竹といった草花が季節ごとにたのしめます。

松花堂昭乗は、茶人としてだけでなく画人や書道家としても知られている文化人です。高い芸術性と広い人脈がうかがえる作品や記録が残されています。

また、彼はこまやかな気配りをもって、長く丁寧に手紙文を書く人だったといいます。利休が残した手紙の「長文」とされている書状の、2倍以上の長さの手紙を、いつも書いていました。

例えば、近衛信尋と徳川義直とが会談するにあたり、徳川の家臣である木瀬吉十郎に宛てた内容はこのようなものでした。(淡交社『淡交十月号』第56巻第10号から引用)

「近衛信尋公がいよいよ徳川義直公とお会いすることになった。私は急な茶会の約束ができ参上できない。信尋公から義直公への進物については、一昨日の御成の時のを参考にされたい。同道する家臣は成瀬隼人、その他である。進物は程良く、貧しくないように。義直公の家臣は長刀を差したり、派手な帷子などは避け、いかにも殊勝な物を。五摂家の装束は烏帽子傍続(小直衣)の由である。朝早く飛鳥井龍雲の所で御装束の着替えがあろう。茶室の準備はできていないようである。他の大名の所は如何であろうか。」

この書簡は、昭乗の人となりを十分に示したものといえるでしょう。

■自分は2人が面会する場に同席できないこと
■進物の内容
■関わる家臣の名前
■服装と着替えの控え室
■茶室(茶会)の準備について
■他の大名の動きを確認

これだけの事柄を考えていれば、手紙文が長くなっていくのもうなずけますね。

一口に会談といっても、本人たちがただ会って飲み食いしながら話をするだけではまったく不十分です。当事者たちがスムーズかつ和やかに話し合いをするには、事前準備が肝要で、仲介する立場の人間の細やかな気配りが求められていきます。

現代における交流の場や仕事上においても同じことがいえますが、「間に立つ人」の存在と動き方は非常に重要で、当事者たちの出会いの成否を左右します。

まして寛永の時代、それも天皇家と将軍家に関わる人物との対談であれば、なおさらです。昭乗はこのように、隠れた政治参加とも言うべき、究極的なバックアップを担ったといえます。

とはいえ、昭乗自身はなにも「重要な会談だから」と特別に思って動いたわけではないでしょう。普段、とくに茶人としてもてなしの場を経験する中で、培われた人間観察眼や物事の本質を見極める判断力が、このように生きているのだと思います。

昭乗は、寛永時代の文化サロンの一員で、それで幅広い人脈を持ち活動をしていたといわれています。

人脈づくりに奔走する若手社員や就職を意識し始めた大学生たちには、なんとも羨ましいことかもしれません。もしかしたら、仕事人として成熟期を迎えている40代以上の方にとっても、次のステージに進むためにあらためて人脈を欲するケースもあるでしょう。

人生はとにかく逆説的にできています。

人脈は求めれば求めるほど、質が低くうすっぺらいものになりがちです。そもそもなぜ自分が人脈を求めてしまうのか、考えたことはありますか?ビジネスのため、それとも新しい出会いを願ってのことでしょうか。実は自分でもよく分からないけれど、なんとなく付き合う人が多いほどいいような気がするから、ということもありがちです。

いくつになってもおのれの得になることばかりを考えている人間は、どんなに隠そうとしても、見る人が見ればすぐにバレます。しかも本人はそれに全く気づいていませんから、周りには余計にあさましく感じられるのです。

うまく立ち回ったとして、はじめの数回は何かを享受できるかもしれませんが、「もうあの人とは距離を置こう」と思われてしまえば、悪い評判を自分で広めてしまうことになります。

まずは自分が、価値を誰かに提供できるような存在を目指すことが先です。そういった意味で、「間に立つ人」の役割に徹することは重要です。

ではいったい、よき「間に立つ人」」を目指す上で、普段からどのような姿勢でいるのがよいのでしょうか。

それは「情報の見極め方・活かし方」を見直してみることです。

周りの人の言っていたちょっとした言葉、口癖、好きな物事、嫌いな物事や考え方などは、ストレートにそのまま覚えることはできますね。それだけでなく、その人の生活時間や今後の目標なども大切な情報です。周りにいる人物のことも、よく見て知っておくことが大切です。

連絡しても相手につながらないようなタイミングにアプローチしても、タイムラグが出て不信につながりかねませんし、その人がこれからどんな活動をしたいと望んでいるかや、何をもって「成功」と考えているかは、利害を超えて人としての信頼関係がなければ伝え合うことはできません。

本気で心をこめて相手と向き合わなければ、本当に相手のために動くことができず、ただのひとりよがりの結果になってしまいます。

昭乗の手紙文の長さは、会談する当事者たちの「成功」とする着地点をともに見据えた上の、昭乗にしかできない役割に徹した結果です。

この人柄に、書、絵画、そして茶の湯といった芸事に裏打ちされる教養と実力が備わっていたのですから、「いざというときには昭乗がいる」と信頼を寄せられる様子が目に浮かぶようです。

現代では、メールやSNSなどの文字ツールは短ければ短いほど受け入れられる傾向がありますね。

でも、重要な場面において「長文が書けない」「長いメッセージ文に拒否反応を起こして最後まで読み通すことができない」というような姿勢では、コミュニケーションの目的を達することはできません。

歴史から学べることは数多くありますが、ただ起きた出来事を知って満足するのではなく、先人たちの遺してくれた記録に触れてみることて、血の通った学びが得られます。

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