講師ブログ

2020年11月3日

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家族はどうする?「家で勉強しても集中できない」ときの対処法【高校生指導Q&A vol.23】

こんにちは!真花塾の塾長ヨシカワです。

大学受験に「受かる人」と「そうでない人」にははっきりと差があります。それと同じように、「受かるご家庭」と「そうでないご家庭」も、実は明確に分かれます。

受験生ご本人には、高校の先生方や予備校の先生、塾の先生から、直接あれこれと指摘や叱咤激励が入るものですが、ご家庭とくに保護者の方には、どの先生もなかなか改善すべき点を指摘しづらいが現実です。

もちろん、どのご家庭にも子育て方針があり、お子様の教育のゴールを小さい頃から決めておられます。ご家庭のその方針に素直にしたがってきた受験生もいれば、反発の多かったお子様もおられるでしょう。

保護者の方としても、たとえば「きょうだいで同じように育ててきたつもりでも、下の子は上の子とちがって高い目標を持ちたがらない」などの戸惑いがあるとお聞きします。

それでも、やはり物事には原理原則がつきものです。

「家庭の方針に合わせて」「受験生であるお子様の個性と意思を尊重して」というのは当然であっても、プラスして「受かるために本人とご家庭で“変えていくべきこと”」をぜひ知っていただき、しっかりと行動に移していただきたいと思います。

さて、前置きが長くなりましたが、本題に入りましょう。

「家では集中して勉強できない」という受験生は非常に多いです。私が「じゃあたとえば台風が来たり、大雨になったりして学校が休みになって、外出できないときはどうしてるの?」と聞くと、「そのときは家でなんとか頑張ってる」と彼らはいいます。

ただし、「そのときだけは嫌々家で勉強するけど、毎日家で勉強するなんて絶対無理」と、たいてい言い訳の言葉が続きます。

対して、見守るご家族としては、家での姿がお子様のすべてですよね。たとえばお子様が「塾や図書館で頑張ってきた」と言ったとしても、「ほんと?」とついそれを否定したくなるものではないかと思います。

誘惑多い家の、ましてお子様本人の部屋で勉強しているのであれば、いくら本人が「がんばっている」と言っても、保護者の方の不安はなかなか消えないものだと思います。

塾講師としての第三者目線でお話しさせていただくと、受験生本人と保護者の方との歩み寄りがもっとも重要なのは、この「家での勉強での取り決め」なのです。

ここからは、受験生の皆さんと保護者の皆さまへ、それぞれにあてた私からのメッセージです。いつも生徒面談、保護者面談で申し上げている内容を、できるだけそのままの形でお伝えしたいと思います。

【受験生の皆さんへ】

まず、合格したいなら「家でも頑張れる」ことが大前提だと思いなさい。ひと昔前と違って、いまは突発的な自然災害も多く、警報その他で学校や塾が休校になることも増えています。そのときに「家だからはかどらなかった」と平気で言えている受験生は成績UPは見込めません。

大学受験生なら、一日12時間は勉強することになります。

受験生としての休日。朝起きて、「さぁ今日はどこに行って勉強しようかな。塾は15時から22時まで空いているから、塾の自習室を使うとして、それまでは・・・図書館に行こうかな。でも席取らないといけないし面倒だなぁ。どうしようかなぁ」と悩んで迷っている時間は、本当にほんとうにもったいない!

起きてすぐに簡単な身支度をすませて、塾の開くその15時まで、家ですぐに勉強を始めるのがいちばんに決まっています。

「家で集中できない」うちは合格は無理だと思ってください。

家でも集中できる方法や、自分の毎日の勉強時間を自分で考えてご家族に伝え、手助けが必要ならはっきりと自分からお願いして、「家でもがんばりたい」「合格したいから協力してください」という意思表示をするべきです。

自分が合格できるかどうかを無駄にあれこれと心配するのではなく、きちんと自分が勉強できる環境づくりを考えなさい。

【保護者の皆さまへ】

「うちの子は家では全然勉強しない」とのご相談をよく頂戴しますが、保護者の方の目から見て、いまのお子様はいかがですか。たしかに、お子様は家ではついだらけてしまうと思います。ご心配はごもっともです。

ですが「家でははかどらない」と言い訳したくなるお子様のお気持ちについて、詳しくご本人から話を聞いたことはおありでしょうか。

高校生の言い分として一番多いのは、「家で勉強しようと思っても家族がじゃましてくるから」なんです。この意識のすれちがいは、受験直前期に大きな悪影響になりかねません。少しでも早く、お子様と話し合いの時間を持つのをおすすめします。

高校生がいう「じゃま」は、「一方的に話しかけられること」「騒音を立てられること」「思うように時間のやりくりができないこと」の3つではないかと、私はいつも感じます。ご家族にとっては無意識である毎日の行動が、もし本当にお子様の受験合格への妨げになっているとすると、とても悲しいですよね。

今日からはぜひ、このようなことに気をつけてみてください。

◾️お子様が勉強しているときにはよほどでない限り話しかけない。

→これがもっともわかりやすい「じゃまをしない」ということです。「ちゃんとやってるの?!」はNGです。

◾️お子様が自分から伝えてきた勉強時間内は、ご自身やほかの家族が娯楽を楽しむ声はできるだけおさえる。

→耳から入る情報は、思っている以上に余計な刺激となります。家族が楽しそうに盛り上がった声ならなおさらです。

◾️お子様には「勉強第一でいいよ」と伝え、できるだけ家事などの頼みごとは最小限にする。

→お仕事をお持ちの保護者の方もたくさんおられますが、「家にいるから」となんでも頼むのではなく、前もってお子様と約束している家事だけにとどめるのがいいでしょう。本当に突発的で緊急を要する用事であれば、お子様ご本人からご家族に「やろうか」という声があるのではないでしょうか。

◾️お子様に「早く寝なさい」と言わない。

→お子様の体を気遣うお気持ちはわかりますが、一日12時間受験勉強をする毎日のうち、「これが解き終わるまでは寝たくない」という日も出てきます。気の済むまで勉強させてあげることが、受験において「子どもの意思を尊重する」ということではないでしょうか。

さて、ここからは裏ワザです。

お子様の大学受験や大学受験勉強について、保護者の方のご不安が募ってきたら、ご自身も読書をしてみてください。雑誌や、タブレットでのデジタルの読書はおすすめしません。久しぶりに図書館や本屋さんに足を運んで、好きな本を選んで、おうちで楽しく読んでみてください。

お子様は、その保護者の方の背中を見ています。学ぶことの楽しさ、本を読むことの面白さ、家で静かに集中する時間のすばらしさを、ご家族のそのご様子からきっと感じ取ることでしょう。

【まとめ】

受験生本人が本当に勉強を頑張りたいと思うならば、まずは自分が家で集中できる環境づくりを真剣に考えて、ご家族に何をサポートしてほしいのか、明確に伝えてお願いしましょう。それが受験生として家族にしなければならないマナーであり、大人として成長するということなのです。

また、見守るご家族は、そのお子様からのお願いを一蹴したりせず、真摯にしっかりと向き合ってあげてください。そして、お子様の受験の成功を心から願っていることをはっきりと伝え、家族が配慮したりサポートできることとそうでないことを、細かく提示してあげてほしいと思います。

保護者の方の強いご不安は、ときにお子様の精神力や判断力を奪います。

ご不安がコントロールしきれなくなるほどになったときは、お子様本人や家族にストレートにぶつけるのはなく、家で読書してみてください。好きな本で気持ちも豊かに、大人だからこそ得られる学びの面白さを、ぜひ背中でお子様に伝えてあげてください。晴れて大学生になったお子様は、その姿を目に心に焼きつけてさらに成長されることと思います。

2020年11月2日

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廬山寺〜紫式部の「眼」が見た人々と自己【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

京都御所の東側のそばにある廬山寺は、紫式部が『源氏物語』を執筆した場所として知られています。

紫式部は藤原為信を父に持ち、「学者肌の素朴で地道な生活」を送る家風の中で育ったといいます。また、幼い頃に母や姉を亡くしたこともあって、内省的な性格であったそうです。

さらに、当時漢籍は男性が身につけるべき教養でしたが、父為信は、式部の弟にそれを教えていたものの、そばで聞いていた式部のほうが理解が早かったので、「娘でなく男であったなら」と残念がったという逸話が残っています。

さて、誰もがよく知る光源氏が主人公のあの『源氏物語』は、まさに式部の代名詞です。「紫」式部と呼ばれるようになったのも、この物語の登場人物「若紫」に因んでいます。

『源氏物語』をめぐるエピソードは興味深いものが多いです。たとえば、実は光源氏のモデルとされる人物は6人ほどいます。

光源氏は、いわば彼らの魅力が結集したキャラクターなのです。なるほど、源氏が当時の男女誰もが憧れるスーパースターであるのもうなずけますね。

式部の「人々を観る眼」は非常に写実的かつ俗っぽく、くすっと笑えてしまうほどでです。『紫式部日記』には、ともに一条天皇の中宮彰子にお仕えする女房たちや、清少納言について、式部がどう捉えていたのかがよく分かる記述があります。

少しご紹介しましょう。

大納言の君は、いとささやかに、小さしといふべきかたなる人の、白ううつくしげに、つぶつぶと肥えたるが、うはべえはいとそびやかに、髪、丈に三寸ばかりあまりたる裾つき、かんざしなどぞ、すべて似るものなく、こまかにうつくしき。顔もいとらうらうしく、もてなしなど、らうたげになよびかなり。

「大納言の君は、とても小柄で、小さいといったほうがいい人で、色は白くかわいく、つぶらに肥えている人が、見た目にはとても体つきはすらっとしていて、髪は背丈に三寸(約9センチ)ほど余っている裾のようすや髪の生えぐあいなど、どれも類のないほど、すみずみまで行き届いて美しい。顔もとてもかわいらしくきれいで、振る舞いなども可憐で上品で穏やかだ。」

また、清少納言についてもこのように。少々長いですが、興味深いので引用します。

清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人。さばかりさかしだち、真名書きちらしてはべるほども、よく見れば、まだいとたらぬこと多かり。かく、人にことならむと思ひこのめる人は、かならず見劣りし。行末うたてのみはべれば、艶になりぬる人は、いとすごうすずろなるをりも、もののあはれにすすみ、をかしきことも見すぐさぬほどに、おのづからさるまじくあだなるさまにもなるにはべるべし。そのあだになりぬる人のはて、いかでかはよくはべらむ。

「清少納言はまさに得意顔でとても偉そうにしている人。あれほどかしこぶって漢字を書きちらしております程度も、よく見ると、まだとても足りない点が多いです。このように、人よりも特別でありたいと思ってそうしたがる人は、きっと見劣りがし、ゆくゆくは悪くなっていくだけですから、いつも風流ぶるようになった人は、とても寂しくて退屈なときでも、しみじみ感動しているようにふるまい、興あることも見逃さないうちに、自然とそうであってはならない不誠実な態度にもなるのでしょう。その不誠実になった人の行く末は、どうしてようことがありましょうか。いえ、きっとよくないはずです。」

紫式部がここまで辛辣であるのには、清少納言と同様に自身も漢籍の素養があったことや、内省的な自分と正反対のような清少納言の振る舞いに、大きく心が乱されたことが要因ではないかと思います。

ある特定の人に心乱され、嫌いまたは憎いという思いを抱くとき、その相手に自己を投影させていることがよくあるという話を聞いたことがあります。清少納言の人物像は、もちろん紫式部の書いたこの一節でのみ決まるものではありません。

むしろ、一貫して中宮定子と藤原道隆らの凋落を感じさせることなく、自身の「さかしだち」のエピソード以上に、定子の優しさと魅力をつづった『枕草子』からは、何一つ敬愛する女主人に寄せ来る現実の暗さを感じさせまいと覚悟に満ちている清少納言の表情が浮かぶようです。

紫式部は以上のように、周囲の女房たちについてあれこれと述べる一方で、理想的な「人(=女性)」の心持ちと振る舞いについて残しています。

様よう、すべて人はおいらかに、すこし心おきてのどかに、おちゐぬるをもととしてこそ、ゆゑもよしも、をかしく心やすけれ。

「すべて女というものは、見苦しくなく穏やかで、少し心持ちもゆったりして、落ち着いていることをまさに基本として、品位も風情も趣深く安心です」

現代においては、「人」は女性に限らず、男性も含めたすべての人にあてはまる理想像といえるでしょう。とはいえ、式部の言葉は、自分自身に向けた戒めにも似たもののように感じられます。

『紫式部日記』には、多くの場合「『源氏物語』の作者」とだけとらえられがちな彼女の、内面の葛藤や思いがこまかくつづられています。

その自身の複雑な思いに翻弄されまいと、必死に言葉を紡いだ彼女の憂いに満ちた表情は、清少納言が『枕草子』で見せる覚悟の顔つきにも似た、生きた人々の直面した苦悩や思いを伝えてくれます。

2020年10月24日

真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

銀閣寺~創造と破壊そして再建の歴史の中で【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

銀閣寺は正しくは「慈照寺」といい、「銀閣寺」は通称です。室町幕府の8代将軍足利義政が、執念ともいえる情熱を注いで造営した山荘です。とはいえ、義政の死後すぐに荒廃してしまい、現在に伝わる姿は、江戸時代に再建された当時からのものです。

別荘造営は長く義政の夢であり、銀閣寺の造営に着手する1482年以前は、東山の恵雲院(いまの南禅寺のあるあたり)に別荘を建てることを計画し、準備していたといいます。それが、応仁の乱によって中断したのち、再び造営を始めます。

銀閣寺の造営にあたっては、用地と用材をめぐる義政の横暴が目立ったといいます。

この土地は比叡山延暦寺の末寺であった、浄土寺があった場所でした。義政はよほどこの土地が気に入ったようで、無断でこの土地を没収して造営をすすめようとしたそうです。墓の並ぶ霊地であった浄土寺をこのように扱うことに、「仏罰に値するものである」と延暦寺が抗議をしましたが、結局覆ることはありませんでした。

応仁の乱後の混乱によって、造営のための財力には窮したといいます。義政は、課税によっても賄えないこの費用を、寺社・公家・豪族・民衆すべてに負担を強いて集め、どんどん費やしていきました。

良く言えば国を挙げて、悪く言えば多くの犠牲の上に造られた、義政の理想の別荘だといえます。

庭園に使われた檜や蓮、松、梅は、都または都周辺の寺から運ばせました。多くて二千人もの人夫が無償で駆り出されたそうです。また、石は室町第(花の御所)跡、仙洞御所跡、金閣寺に無償で運ばせました。

それぞれの寺社、旧跡の景観は、こうして人の手が加わったことで人工的なものに大きく変わったそうです。

義政の銀閣寺造営は、終始このように進められたことで、多くの人の反感を買いました。義政が病気によって完成を待たずに亡くなってしまったのはよく知られていますが、銀閣寺はその翌年の段階にはすでに荒廃しており、破壊されたり材木が持ち去られ始めたりしていました。

義政の死後80年で、完全に破壊され荒廃していたといいます。

いま私たちが見ているこの銀閣寺の姿は、参道や池の場所が同じであること、東求堂(とうぐどう)が存在してたことのほかには、義政が建造した当初とはまったく異なります。

参道や銀沙灘(ぎんしゃだん)、向月台などは、一説には同じ時代の「西欧整形式庭園」の手法が応用されてるのだとされています。

一方で、東求堂は「茶室の起源とも、近代和風建築の原型ともなった」といわれ、東山文化を代表する建築物となっています。

いまの歴史学においては、北山文化と室町文化をひとつとみなす「室町文化」と称するそうですが、この室町文化は戦国期を経て、京の都のみならず地方に伝播していきました。

歴史をみるときには、その時点でのその影響や評価だけではなく、その後に与えた影響をすべてを鑑みて判断すべきだという意見もあります。

銀閣寺は、造営のいきさつは義政に横暴のエピソードが目立つとしてもやはり、現代の「日本文化」「伝統文化」を形作った象徴的存在であることに変わりはありません。

なお、義政の長男、9代将軍義尚は若くして他界しますが、その義尚の菩提を弔うために、東求堂から望む山の面に「大」の字を掘って新盆に火を灯して、精霊を送ったそうです。これがいまの「大文字の送り火」につながっています。

銀閣寺の美しい庭園を眺めながら、現代に続く歴史の大きなうねりに思いをはせてみるのも、ひとつの愉しみ方です。

2020年8月22日

真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

石清水八幡宮~まつわる先達から”ひらめき”と”努力”を学ぶ【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

京都府八幡市、男山(京都盆地の南西)に位置する石清水八幡宮は、大分県宇佐市にある八幡宮総本社、宇佐神宮八幡宮総本社から勧請されました。京の都の裏鬼門にあたる場所にあり、鬼門の方角にある比叡山延暦寺とともに、都の守護を役目として造営され、人々の信仰を集めています。

幕末までは、神仏習合により「石清水八幡宮護国寺」と称されて僧侶が神に仕えており、男山には「男山四十八坊」と呼ばれる小さな寺の数多くあったそうです。

『徒然草』の第五十二段「仁和寺にある法師」において、「極楽寺、高良などを拝みて、かばかりと心得て、帰りにけり」と、本殿を参拝せずに帰ってしまったというエピソードがありますが、この「極楽寺」は当時、神仏習合によってお寺があったということのあらわれなのです。

石清水八幡宮は平成28年に本殿や楼門などが国宝に指定されたほか、国指定重要文化財や京都指定文化財などのみどころにもあふれています。

それとは別にご紹介したいのが、「竹」です。白熱電球を発明したエジソンが、”日本からのお土産”であった扇子の骨を、電球のフィラメントに使ったところ、連続点灯が200時間にもなる、長持ちする電球を作ることができました。(それまでは連続して45時間ほどしか点灯できず、実用化が難しかったのです)

その後エジソンは、世界中に存在する竹を集めようと調査員を派遣します。

日本にやってきた調査員は、当時の首相であった伊藤博文や、外務大臣の山県有朋に面会する中で京都の竹の情報を知ります。そして、京都では府知事の槙村正直に「嵯峨野か八幡がよい」と紹介されて、石清水八幡宮周辺の竹を集めたのだそうです。

この竹を用い、連続して1200時間も点灯する電球が生み出されました。

エジソンは多くの日本人との交流がありました。

技術を学びに自分の元を訪れる日本人たちには、「外国から輸入すればいいと考えていてはいけない。自分の国でも作ろうという気概がなければその国は滅ぶ」と言っていたそうです。

ちなみに、このエジソンの影響を受けた藤岡市助という人は、帰国してから日本製の白熱電球の製造に取り組み、炭素電球を完成させました。

エジソンといえば、この名言を思い出す人も多いことと思います。

天才とは1%のひらめきと、99%の努力である

「だから努力が肝心だ、努力すべきだ」と解釈されてしまいがちな言葉ですが、実際にはエジソンは「1%のひらめきのために99%の努力をしているのだ」という意図を示したのだそうです。

つまり、たとえ努力を重ねていてもひらめきがなければその努力さえも無駄になる、と訴えているのです。

先述の「自分の国でも作ろうという気概」と通じるものがありますね。

また、私はエジソンの「努力」は発明のための実験とその失敗そのものをさすと思っていましたが、どうもそうではないらしい。

彼は普段から、膨大かつ幅広い分野の本を読み、その中で「思いついたこと」(=ひらめき)をその都度書き留め、それを実験していたといいます。

ただもって数多くの実験を繰り返し、成功するまでがんばっているだけではない。

努力とひらめきは、エジソンのなかでは対のものであり、どちらが欠けても不十分だったといえるでしょう。

「努力すれば報われる」。たしかにそのとおりですが、ただなにかを繰り返すだけ、頭に叩き込むだけの努力は、「作業」になってしまいます。本当の努力とは「取り組むたびに何かに気づく」ことです。

この”気づき”は、実際にまとまった時間と量を取り組んでみないともたらされません。(ちなみに、エジソンは一日24時間体制でずっと休むことなく動きつづけたといいます。)

ということは、私たちが勉強でも仕事のスキルを身につける必要にせまられたときに、少しやってみただけで失敗したことを大げさにとらえて落ち込んだり、「もうやめちゃえ」「自分には向いていない、苦手だ」とあきらめてしまうのは、時期尚早です。

それよりも、取り組むたびに、前よりもできるようになったことや、まだうまくいかないところを自分で感じ取り、何が必要なのかを確認することに重きをおくのがいいでしょう。

エジソンには発明品だけでなく、彼自身の驚くべきエピソードもたくさんあります。偉人の人生から学ぶべきことを見つけ出すのは、本当に楽しいものです。

そして、その「自分にとって学ぶべきこと」も、自分の置かれた環境や考え方によって、どんどんブラッシュアップされていきます。それが自然とひらめきや、なにかを生み出すアイデアにつながっていくこともあります。

ここ石清水八幡宮は、私にとっては、子どものころから家族親戚と初詣を楽しむ場所でした。大学時代には八幡信仰を感じる場所となり、社会人となってからは「アイデアやひらめきの重要性を知るきっかけの場所」となりました。

「少しのことにも先達はあらまほしきものなり」とは「仁和寺にある法師」ラストの吉田兼好の言葉ですが、多くの「先達」たちの足跡を見てきた寺社仏閣に、さまざまに興味を抱いてみるのはいかがでしょうか。

2020年7月31日

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勉強“ゼロの日“は”退化”と同じ!入試に必要な科目は「毎日」「全科目」どんなときにも取り組むべし!【高校生指導Q&A vol.22】

こんにちは!真花塾の塾長ヨシカワです。

いよいよ大学受験を本格的に意識するようになった高3生にとって、まさに勝負の夏休みとなります。
いえ、たとえ夏休みでなくたって、受験勉強の原理原則は同じです。

それは、毎日全科目勉強すること!とってもシンプルですね。

えーそんなこと言われたって、学校の予習復習もテスト勉強もあるのに絶対ムリ!!

自分はもうとっくに4月から少しだけど勉強してます。だからこれ以上は無理!厳しすぎ!

夏休みが本格的に始まろうとしているこの時期、私があらためて「毎日全科目だよ」「推薦を受けるなら書類も面接も小論文も含んで全科目だよ」とお話しするたびに、高校生の皆さんは口をそろえてこう言います。

無理・むり・ムリー!!

あまりの回数と大合唱に、もうラップか何かをエンドレスで聞いているのではないかと思えるくらいです(笑)

さて、ここで終わらせないのが真花塾の指導スタイルです。

そもそも皆さん、なぜ自分がそんなにも拒否反応を示してしまうのか落ち着いて考えてみたことはありますか。
自分の感情を自己分析してみる。これが大人の階段を上るということです

1)”毎日、全科目勉強できるのは特別な人だけだ”と思い込んでいる

ここでいう「特別な人」とは、大学受験のための恵まれた環境や状況にある人と考えてください。

とくに現役生が思い描くのは、浪人生や進学校(とくに学習進度が早く、高3では受験対策に特化できる学校)に通う人のことです。

受験に必要な科目はすでにすべて学び終えていて、もちろん部活動もない。
余計な学校行事もなく、ただ毎日ひたすら勉強に打ち込める時間がある・・・。とってもウラヤマシイ!

(こんなことを言いつつ「自分は絶対に浪人はしたくない」と言う人はとても多いですね。なんとも不思議な考えです)

ウラヤマシイなんてことは決してありません。

あなたが学校の勉強や部活動と受験勉強との両立に必死になっているのと同じように、浪人生には浪人生の、進学校なら進学校の苦悩があります。

とくに気をつけていただきたいのが、国公立大志望の受験生
多くの科目数に対応しきれず、科目ごとの勉強時間が偏ってしまいがちです。

「毎日長時間勉強しているけど、そういえばこの科目だけは全然勉強してなかった!」と気づいたときにはすでに手遅れで、志望校変更を余儀なくされるケースもあります。

バランスよく受験科目を勉強するためにも、「毎日」「全科目」を意識してください。

皆さんは、大学受験をめざし学べる環境を、ご家族をはじめとする多くの人から受け取っています。

すでに「大学受験のための恵まれた環境や状況にある人」の仲間入りをしているのです。

現役生にとって、入試に必要のない科目の授業と定期テスト、球技大会などの学校行事、なかなか引退のタイミングがつかめない部活動などには、とくにモヤモヤした思いをもってしまいがちになるでしょう。

でも、それは全国の高3生すべての宿命です。受け入れてください。

明日の行事どうやってさぼろうかな、休んじゃおうかな、仮病を使おうかなとあれこれ考えるくらいならきちんと出席しましょう。

学校で決められたことをさぼり、その時間を受験勉強に充てようとしたからといって、合否に直結することはありません。

やるべきことには誠実に取り組み、その他の1分1秒を惜しんで、一生懸命に勉強しましょう。

2)”賭ける”科目を作ろうとしている

受験勉強はバランスが命です。

「毎日全科目」ともつながってきますが、「この科目は苦手でどうせ点が取れないだろうから、ほかの科目で点数を稼ごう」だとか、「学校のテストではけっこう点が取れている科目があるから、これで勝負したい」といって、やたらと”賭け”に出ようとしている受験生がいますが、とても危険な考え方です。

たとえその1科目がうまくいったとしても、ほかの科目が勉強不足で得点できていないのであれば、やはり合格に届くことはできません。

だから「毎日」「全科目」という毎日の努力が不可欠になります。

高校入試での成功体験がある皆さんは、受験といえば倍率で考えるものだと思い込んでいませんか?

倍率が高いからやめておこう、逆に、低いからきっと合格できるだろうと表面的なデータをもとに判断するのはよくありません。

大学入試でよく念頭に置かなければならないことは、合格最低点です。そして、その最低限必要な得点に到達するための、勉強方法を知ることです。

賭けたがる受験生は共通して、「たぶんできる」「できそう」「得意だと思う」「なんとかなる」という自分の思い込みで動こうとします。

講師に質問したり、アドバイスをきこうとする一方で、自分の感覚や思い込みをまったく疑うことなく、変えよう、変わろうとしないのです。

いくら「自分がわからない問題」を教えてもらってその場での解決ができたところで、自分自身で学習する時間(つまり自習)で、言われた指示を守らなかったり、やってみようとしないのであれば、成長は見込めません。

大学受験において、決して受験生本人が「賭け」に走ってはいけません。

賭けたくなったら、まずは先生に正直にその思いを伝えてください。

もちろん「何を言ってるんだ」「どうしてそんなこと考えるんだ」と叱られるかもしれません。それでいいのです。真剣に叱られてください。

そして、いっしょにあらためて合格するための受験勉強のしかたと、出願大学・学部について話し合いましょう。

3)1つ1つの科目について「長時間、机に向かって取り組まなければならない」と思っている

まとまって長時間、机に向かった姿勢で取り組まなければ”勉強”じゃない!と思い込んでいませんか?

実際は「たとえ数分であっても、毎日取り組むこと」それこそが大事なんです。

ここまでお読みになって、なんだ、それなら「毎日」「全科目」できる!とお気づきになったあなたは、きっと大学受験の成功に近づいています。

勉強は毎日の食事と一緒で、たとえば「日曜日に一週間分を食べて残り6日間を断食して過ごす」ような”食い溜め”はできません。

さらに、勉強はスポーツと一緒で、たとえば「日曜日に7km走って残り6日間まったく走らない」というような練習の偏り、つまり”走り溜め”ができません。

「勉強のし溜め」はやろうと思えばもちろんそうすることはできるのですが、その方法だと大学受験合格はできません。まったくもって効果的ではないのです。

よく皆さんは、「受験勉強ってどうやったらいいいですか」と質問をくれます。

それは、「勉強の努力」を「健康的な食事」「スポーツの効果的な練習方法」に置きかえてみると、すぐに成功のイメージを持つことができると思います。

そう、やっぱり「毎日」「全科目」なんです!

もう一度言います。

皆さん自身の「思い込み」は、大学受験には通用することはありません。

毎日・全科目の勉強を続けましょう。

”今日は勉強できなかった”と言って一日を終えた瞬間、あなたは「退化」します。

”ゼロの日”は退化と同じです。

この、受験合格のための具体的な勉強のしかたを知りたくなったら、いちどお気軽にご相談ください。
一人ひとりにきめこまかくアドバイスいたします。

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