講師ブログ

2020年10月24日

真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

銀閣寺~創造と破壊そして再建の歴史の中で【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

銀閣寺は正しくは「慈照寺」といい、「銀閣寺」は通称です。室町幕府の8代将軍足利義政が、執念ともいえる情熱を注いで造営した山荘です。とはいえ、義政の死後すぐに荒廃してしまい、現在に伝わる姿は、江戸時代に再建された当時からのものです。

別荘造営は長く義政の夢であり、銀閣寺の造営に着手する1482年以前は、東山の恵雲院(いまの南禅寺のあるあたり)に別荘を建てることを計画し、準備していたといいます。それが、応仁の乱によって中断したのち、再び造営を始めます。

銀閣寺の造営にあたっては、用地と用材をめぐる義政の横暴が目立ったといいます。

この土地は比叡山延暦寺の末寺であった、浄土寺があった場所でした。義政はよほどこの土地が気に入ったようで、無断でこの土地を没収して造営をすすめようとしたそうです。墓の並ぶ霊地であった浄土寺をこのように扱うことに、「仏罰に値するものである」と延暦寺が抗議をしましたが、結局覆ることはありませんでした。

応仁の乱後の混乱によって、造営のための財力には窮したといいます。義政は、課税によっても賄えないこの費用を、寺社・公家・豪族・民衆すべてに負担を強いて集め、どんどん費やしていきました。

良く言えば国を挙げて、悪く言えば多くの犠牲の上に造られた、義政の理想の別荘だといえます。

庭園に使われた檜や蓮、松、梅は、都または都周辺の寺から運ばせました。多くて二千人もの人夫が無償で駆り出されたそうです。また、石は室町第(花の御所)跡、仙洞御所跡、金閣寺に無償で運ばせました。

それぞれの寺社、旧跡の景観は、こうして人の手が加わったことで人工的なものに大きく変わったそうです。

義政の銀閣寺造営は、終始このように進められたことで、多くの人の反感を買いました。義政が病気によって完成を待たずに亡くなってしまったのはよく知られていますが、銀閣寺はその翌年の段階にはすでに荒廃しており、破壊されたり材木が持ち去られ始めたりしていました。

義政の死後80年で、完全に破壊され荒廃していたといいます。

いま私たちが見ているこの銀閣寺の姿は、参道や池の場所が同じであること、東求堂(とうぐどう)が存在してたことのほかには、義政が建造した当初とはまったく異なります。

参道や銀沙灘(ぎんしゃだん)、向月台などは、一説には同じ時代の「西欧整形式庭園」の手法が応用されてるのだとされています。

一方で、東求堂は「茶室の起源とも、近代和風建築の原型ともなった」といわれ、東山文化を代表する建築物となっています。

いまの歴史学においては、北山文化と室町文化をひとつとみなす「室町文化」と称するそうですが、この室町文化は戦国期を経て、京の都のみならず地方に伝播していきました。

歴史をみるときには、その時点でのその影響や評価だけではなく、その後に与えた影響をすべてを鑑みて判断すべきだという意見もあります。

銀閣寺は、造営のいきさつは義政に横暴のエピソードが目立つとしてもやはり、現代の「日本文化」「伝統文化」を形作った象徴的存在であることに変わりはありません。

なお、義政の長男、9代将軍義尚は若くして他界しますが、その義尚の菩提を弔うために、東求堂から望む山の面に「大」の字を掘って新盆に火を灯して、精霊を送ったそうです。これがいまの「大文字の送り火」につながっています。

銀閣寺の美しい庭園を眺めながら、現代に続く歴史の大きなうねりに思いをはせてみるのも、ひとつの愉しみ方です。

2020年8月22日

真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

石清水八幡宮~まつわる先達から”ひらめき”と”努力”を学ぶ【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

京都府八幡市、男山(京都盆地の南西)に位置する石清水八幡宮は、大分県宇佐市にある八幡宮総本社、宇佐神宮八幡宮総本社から勧請されました。京の都の裏鬼門にあたる場所にあり、鬼門の方角にある比叡山延暦寺とともに、都の守護を役目として造営され、人々の信仰を集めています。

幕末までは、神仏習合により「石清水八幡宮護国寺」と称されて僧侶が神に仕えており、男山には「男山四十八坊」と呼ばれる小さな寺の数多くあったそうです。

『徒然草』の第五十二段「仁和寺にある法師」において、「極楽寺、高良などを拝みて、かばかりと心得て、帰りにけり」と、本殿を参拝せずに帰ってしまったというエピソードがありますが、この「極楽寺」は当時、神仏習合によってお寺があったということのあらわれなのです。

石清水八幡宮は平成28年に本殿や楼門などが国宝に指定されたほか、国指定重要文化財や京都指定文化財などのみどころにもあふれています。

それとは別にご紹介したいのが、「竹」です。白熱電球を発明したエジソンが、”日本からのお土産”であった扇子の骨を、電球のフィラメントに使ったところ、連続点灯が200時間にもなる、長持ちする電球を作ることができました。(それまでは連続して45時間ほどしか点灯できず、実用化が難しかったのです)

その後エジソンは、世界中に存在する竹を集めようと調査員を派遣します。

日本にやってきた調査員は、当時の首相であった伊藤博文や、外務大臣の山県有朋に面会する中で京都の竹の情報を知ります。そして、京都では府知事の槙村正直に「嵯峨野か八幡がよい」と紹介されて、石清水八幡宮周辺の竹を集めたのだそうです。

この竹を用い、連続して1200時間も点灯する電球が生み出されました。

エジソンは多くの日本人との交流がありました。

技術を学びに自分の元を訪れる日本人たちには、「外国から輸入すればいいと考えていてはいけない。自分の国でも作ろうという気概がなければその国は滅ぶ」と言っていたそうです。

ちなみに、このエジソンの影響を受けた藤岡市助という人は、帰国してから日本製の白熱電球の製造に取り組み、炭素電球を完成させました。

エジソンといえば、この名言を思い出す人も多いことと思います。

天才とは1%のひらめきと、99%の努力である

「だから努力が肝心だ、努力すべきだ」と解釈されてしまいがちな言葉ですが、実際にはエジソンは「1%のひらめきのために99%の努力をしているのだ」という意図を示したのだそうです。

つまり、たとえ努力を重ねていてもひらめきがなければその努力さえも無駄になる、と訴えているのです。

先述の「自分の国でも作ろうという気概」と通じるものがありますね。

また、私はエジソンの「努力」は発明のための実験とその失敗そのものをさすと思っていましたが、どうもそうではないらしい。

彼は普段から、膨大かつ幅広い分野の本を読み、その中で「思いついたこと」(=ひらめき)をその都度書き留め、それを実験していたといいます。

ただもって数多くの実験を繰り返し、成功するまでがんばっているだけではない。

努力とひらめきは、エジソンのなかでは対のものであり、どちらが欠けても不十分だったといえるでしょう。

「努力すれば報われる」。たしかにそのとおりですが、ただなにかを繰り返すだけ、頭に叩き込むだけの努力は、「作業」になってしまいます。本当の努力とは「取り組むたびに何かに気づく」ことです。

この”気づき”は、実際にまとまった時間と量を取り組んでみないともたらされません。(ちなみに、エジソンは一日24時間体制でずっと休むことなく動きつづけたといいます。)

ということは、私たちが勉強でも仕事のスキルを身につける必要にせまられたときに、少しやってみただけで失敗したことを大げさにとらえて落ち込んだり、「もうやめちゃえ」「自分には向いていない、苦手だ」とあきらめてしまうのは、時期尚早です。

それよりも、取り組むたびに、前よりもできるようになったことや、まだうまくいかないところを自分で感じ取り、何が必要なのかを確認することに重きをおくのがいいでしょう。

エジソンには発明品だけでなく、彼自身の驚くべきエピソードもたくさんあります。偉人の人生から学ぶべきことを見つけ出すのは、本当に楽しいものです。

そして、その「自分にとって学ぶべきこと」も、自分の置かれた環境や考え方によって、どんどんブラッシュアップされていきます。それが自然とひらめきや、なにかを生み出すアイデアにつながっていくこともあります。

ここ石清水八幡宮は、私にとっては、子どものころから家族親戚と初詣を楽しむ場所でした。大学時代には八幡信仰を感じる場所となり、社会人となってからは「アイデアやひらめきの重要性を知るきっかけの場所」となりました。

「少しのことにも先達はあらまほしきものなり」とは「仁和寺にある法師」ラストの吉田兼好の言葉ですが、多くの「先達」たちの足跡を見てきた寺社仏閣に、さまざまに興味を抱いてみるのはいかがでしょうか。

2020年7月31日

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勉強“ゼロの日“は”退化”と同じ!入試に必要な科目は「毎日」「全科目」どんなときにも取り組むべし!【高校生指導Q&A vol.22】

こんにちは!真花塾の塾長ヨシカワです。

いよいよ大学受験を本格的に意識するようになった高3生にとって、まさに勝負の夏休みとなります。
いえ、たとえ夏休みでなくたって、受験勉強の原理原則は同じです。

それは、毎日全科目勉強すること!とってもシンプルですね。

えーそんなこと言われたって、学校の予習復習もテスト勉強もあるのに絶対ムリ!!

自分はもうとっくに4月から少しだけど勉強してます。だからこれ以上は無理!厳しすぎ!

夏休みが本格的に始まろうとしているこの時期、私があらためて「毎日全科目だよ」「推薦を受けるなら書類も面接も小論文も含んで全科目だよ」とお話しするたびに、高校生の皆さんは口をそろえてこう言います。

無理・むり・ムリー!!

あまりの回数と大合唱に、もうラップか何かをエンドレスで聞いているのではないかと思えるくらいです(笑)

さて、ここで終わらせないのが真花塾の指導スタイルです。

そもそも皆さん、なぜ自分がそんなにも拒否反応を示してしまうのか落ち着いて考えてみたことはありますか。
自分の感情を自己分析してみる。これが大人の階段を上るということです

1)”毎日、全科目勉強できるのは特別な人だけだ”と思い込んでいる

ここでいう「特別な人」とは、大学受験のための恵まれた環境や状況にある人と考えてください。

とくに現役生が思い描くのは、浪人生や進学校(とくに学習進度が早く、高3では受験対策に特化できる学校)に通う人のことです。

受験に必要な科目はすでにすべて学び終えていて、もちろん部活動もない。
余計な学校行事もなく、ただ毎日ひたすら勉強に打ち込める時間がある・・・。とってもウラヤマシイ!

(こんなことを言いつつ「自分は絶対に浪人はしたくない」と言う人はとても多いですね。なんとも不思議な考えです)

ウラヤマシイなんてことは決してありません。

あなたが学校の勉強や部活動と受験勉強との両立に必死になっているのと同じように、浪人生には浪人生の、進学校なら進学校の苦悩があります。

とくに気をつけていただきたいのが、国公立大志望の受験生
多くの科目数に対応しきれず、科目ごとの勉強時間が偏ってしまいがちです。

「毎日長時間勉強しているけど、そういえばこの科目だけは全然勉強してなかった!」と気づいたときにはすでに手遅れで、志望校変更を余儀なくされるケースもあります。

バランスよく受験科目を勉強するためにも、「毎日」「全科目」を意識してください。

皆さんは、大学受験をめざし学べる環境を、ご家族をはじめとする多くの人から受け取っています。

すでに「大学受験のための恵まれた環境や状況にある人」の仲間入りをしているのです。

現役生にとって、入試に必要のない科目の授業と定期テスト、球技大会などの学校行事、なかなか引退のタイミングがつかめない部活動などには、とくにモヤモヤした思いをもってしまいがちになるでしょう。

でも、それは全国の高3生すべての宿命です。受け入れてください。

明日の行事どうやってさぼろうかな、休んじゃおうかな、仮病を使おうかなとあれこれ考えるくらいならきちんと出席しましょう。

学校で決められたことをさぼり、その時間を受験勉強に充てようとしたからといって、合否に直結することはありません。

やるべきことには誠実に取り組み、その他の1分1秒を惜しんで、一生懸命に勉強しましょう。

2)”賭ける”科目を作ろうとしている

受験勉強はバランスが命です。

「毎日全科目」ともつながってきますが、「この科目は苦手でどうせ点が取れないだろうから、ほかの科目で点数を稼ごう」だとか、「学校のテストではけっこう点が取れている科目があるから、これで勝負したい」といって、やたらと”賭け”に出ようとしている受験生がいますが、とても危険な考え方です。

たとえその1科目がうまくいったとしても、ほかの科目が勉強不足で得点できていないのであれば、やはり合格に届くことはできません。

だから「毎日」「全科目」という毎日の努力が不可欠になります。

高校入試での成功体験がある皆さんは、受験といえば倍率で考えるものだと思い込んでいませんか?

倍率が高いからやめておこう、逆に、低いからきっと合格できるだろうと表面的なデータをもとに判断するのはよくありません。

大学入試でよく念頭に置かなければならないことは、合格最低点です。そして、その最低限必要な得点に到達するための、勉強方法を知ることです。

賭けたがる受験生は共通して、「たぶんできる」「できそう」「得意だと思う」「なんとかなる」という自分の思い込みで動こうとします。

講師に質問したり、アドバイスをきこうとする一方で、自分の感覚や思い込みをまったく疑うことなく、変えよう、変わろうとしないのです。

いくら「自分がわからない問題」を教えてもらってその場での解決ができたところで、自分自身で学習する時間(つまり自習)で、言われた指示を守らなかったり、やってみようとしないのであれば、成長は見込めません。

大学受験において、決して受験生本人が「賭け」に走ってはいけません。

賭けたくなったら、まずは先生に正直にその思いを伝えてください。

もちろん「何を言ってるんだ」「どうしてそんなこと考えるんだ」と叱られるかもしれません。それでいいのです。真剣に叱られてください。

そして、いっしょにあらためて合格するための受験勉強のしかたと、出願大学・学部について話し合いましょう。

3)1つ1つの科目について「長時間、机に向かって取り組まなければならない」と思っている

まとまって長時間、机に向かった姿勢で取り組まなければ”勉強”じゃない!と思い込んでいませんか?

実際は「たとえ数分であっても、毎日取り組むこと」それこそが大事なんです。

ここまでお読みになって、なんだ、それなら「毎日」「全科目」できる!とお気づきになったあなたは、きっと大学受験の成功に近づいています。

勉強は毎日の食事と一緒で、たとえば「日曜日に一週間分を食べて残り6日間を断食して過ごす」ような”食い溜め”はできません。

さらに、勉強はスポーツと一緒で、たとえば「日曜日に7km走って残り6日間まったく走らない」というような練習の偏り、つまり”走り溜め”ができません。

「勉強のし溜め」はやろうと思えばもちろんそうすることはできるのですが、その方法だと大学受験合格はできません。まったくもって効果的ではないのです。

よく皆さんは、「受験勉強ってどうやったらいいいですか」と質問をくれます。

それは、「勉強の努力」を「健康的な食事」「スポーツの効果的な練習方法」に置きかえてみると、すぐに成功のイメージを持つことができると思います。

そう、やっぱり「毎日」「全科目」なんです!

もう一度言います。

皆さん自身の「思い込み」は、大学受験には通用することはありません。

毎日・全科目の勉強を続けましょう。

”今日は勉強できなかった”と言って一日を終えた瞬間、あなたは「退化」します。

”ゼロの日”は退化と同じです。

この、受験合格のための具体的な勉強のしかたを知りたくなったら、いちどお気軽にご相談ください。
一人ひとりにきめこまかくアドバイスいたします。

2020年7月3日

古文, 古文を訪ねる, 真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

城南宮~春の七草と源氏物語「若菜上」

せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ

いわずと知れた「春の七草」です。

ここ城南宮では、毎年2月11日、つまり旧暦の1月7日に近くを「城南宮七草粥の日」として、参拝する人々は七草粥をいただくことができます。

春の七草をすらすらと言える人も、なかなか実際に七草すべてを目にする機会は多くないのではないでしょうか。

神前に供えられた七草は、どれも青々として瑞々しさにあふれています。一年の無病息災、延命長寿を願ってこれらの若菜を口にするという風習も、なるほどとうなずけます。

さて、この七草の風習は、『源氏物語』の若菜上の巻にも登場します。

源氏が四十歳を迎えた春、源氏の養女であり、髭黒の大将の正妻となった玉鬘が、源氏に若菜を贈ります。

正月二十三日、子の日なるに、左大将殿の北の方、若菜まゐりたまふ。かねて気色も漏しらたまはで、いといたく忍びて思しまうけたりければ、にはかにて、え諫め返しきこえたまはず。忍びたれど、さばかりの御勢なれば、渡りたまふ儀式など、いと響きことなり。

正月二十三日、その日は子の日なので、左大将殿の北の方(玉鬘)は若菜を差し上げなさる。前もってそのようなそぶりもお見せにならないで、たいそう内密にご準備なさっていたので、突然のことで、それをとがめてご辞退することもおできになれない。内々ではあるが、あれほどのご威勢なので、ご訪問の儀式などは、とても盛大なものだった。

「若菜まゐりたまふ」には「若菜をまゐりたまふ」と格助詞「を」が省略されていますね。さらに、「まゐり」は動詞「参る」の連用形。「参る」は「差し上げる」という意味です。

このように、正月の最初の子の日には、小松を引いたり若菜を摘んだりして、長寿を祈る風習がありました。

若菜とは、食用や薬用になる春の草のことです。いわゆる七草だけでなく、あざみ、さち、せり、わらび、なずな、あおい、よもぎ、たで、すいかん、しば、すずななどの新菜で、食べると若返るとされていました。

このときの源氏のようすは、このように書かれています。

いと若くきよらにて、かく御賀などいふことは、ひが数へにやとおぼゆるさまの、なまめかしく人の親げなくおはします・・・

(源氏は)とても若く気品があって美しく、このように四十の御賀なとということは、年の数え間違いではないかと思われるお姿で、若々しく、子どもがいる親ようには見えないほどでいらっしゃる・・・

さて、受験古文で「重要単語」とされる言葉がいくつかあることに、お気づきでしょうか。

清らなり、ひが〜、覚ゆ、なまめかし、おはします。この機会にぜひ辞書を引いてみてください。現代語とのちがいや、「予想してた意味とはこう違うんだ!」という楽しい発見が、きっとできるのではないかと思います。

この城南宮の「楽水苑」には、源氏物語に登場する花が数多く植えられています。

それというのも、城南宮のあたりは、平安時代後期には院政の拠点である鳥羽離宮が建てられました。白河上皇が光源氏の、四季の庭を備えた絢爛豪華な邸「六条院」に触発されて城南宮の造園を行ったことに、ちなんでいるのだそうです。

『源氏物語』は、多くの人にとって、高校生になって初めて本格的に学ぶものであると思います。高校生になると、古文はすっかり「暗記科目」とほぼ同じ状態になりがちです。

たしかに、作品知識、ことば、文法、和歌、そしていわゆる古文常識・・・。知っておかなければいけないことは山ほどあります。もちろん、源氏物語を学ぶときも同じです。

うぅー覚えることだらけで嫌になっちゃいそう!
イメージが湧かなくてつまらない!

そんなときこそ、ぜひこの城南宮を訪れてみていただきたいと思います。

私も若かりし頃、この神苑を歩きながら「あ、国語便覧で見た遣水ってこれのことか!」と感動したものです。

さらに、「源氏物語の巻名を『桐壺』から『夢の浮橋』まで全部言える」と自慢してくる友達に負けじと、「せーの」で「桐壺」から須磨」あたりまで頑張ってついていったこともよく覚えています。

人は、とくに子どものころや若いころに体験したこと、感動したことは、そう簡単に忘れ去ることができません。皆さんの心のどこかにひっそりとずっと残っていて、ここぞというときにパァっと蘇ってきます。

当然、七草粥の日に若菜を目にすることも、それを味わうことも、きっと皆さんの貴重な体験の一つになりますよ。

2020年6月7日

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