学びカテゴリー記事の一覧です

2018年6月30日

コミュニケーション, 古文, 大学受験, 学び, 講師ブログ, 進路指導, 高1, 高2, 高校部

知識と言霊と勉強サポート

真花塾生徒の服装や日焼けぶりから、夏休みシーズンもそろそろだなと感じます。「休み」という言葉があるのに、学校課題や補習の多さから「全くもって夏休みじゃない!」と、こぼす高校生が多いというのも、塾長先生にとっては「あるあるトーク」ではないでしょうか。学校課題で苦しむこの時期の勉強サポートをいかにして、点数・成績アップに導くか、腕の見せ所だと思います。今回は真花塾における勉強で、私が意識していることを少しお話しいたします。

日本語教育の経験が指導の根幹に

現在は”古文・漢文特化”の塾長をしておりますが、私には日本語教師として日本語学校で勤務し、尊敬する大先輩の先生方とともにお仕事させていただいていたことがあります。その経験は私にとって宝物とも呼べる、とても貴重なものでした。その経験があったからこそ、いまも塾に来てくれる生徒たちに精一杯に、有意義な勉強サポートを行いたいと思う、原動力になっています。ただ知識を教えるだけでは、生徒たちには響かないことも多くあります。どうすれば身につくか常に視点を考えるようにしています。

点数アップのコツはスタイルの違いから

日本語教育の現場では、学生はもちろん海外の方ばかりです。その方にとっては、「私たちの感覚で用いる日本語」は相当難しいものです。日ごろの生活スタイルや風習がまったく違うということも、その要因の一つでしう。よく英語の長文読解のテーマにも取り上げられていますが、例えば私たち日本人が「おいで!おいで!」と手招きをする仕草は、海外では「あっちへ行け!」と追い払う仕草に似ています。これはあくまで一例ですが、あるものごとを教えるのに、自分たちと真逆の考え方の人に、「私たちが普通と考えている」知識や考え方をただ語って、はたして通用するのでしょうか?このことは、実は、子ども一人ひとりを”見る”塾の指導にも共通することが多いのです。

生徒とのコミュニケーションを大事にして目標へ

私は”イエローカード”のサインが見られる生徒の進路指導では、よく「おぬし、それはやばいぜ」トークをすることも知られていますが、ちちょっとしたときの会話を大事にします。何気ない時の素振りや会話から、その子自身の芯にあるものが見え隠れします。そういうものを大切に、よく観察をして、知識が力になってくれるように「仕向ける」ことが私の指導です。

古来、日本では言葉に力が宿ることを信じて、「言霊」という表現が用いられました。私は指導で用いる言葉にこそ、力が宿るように、その子に通じるように、思いを込めて指導ができる塾を目指しています。いまはSNSが普及して、言葉だけのコミュニケーションで誤解を招いてしまい、トラブルも起きることもよくあります。

「言葉」を大事にする勉強こそ、大学受験やテストだけではなく、実社会で必ず役立つと信じています。これから夏休みでさらに忙しくなりますが、「おぬし、このままじゃやばいぜ。落ちてからでは何もかもが遅い」、そんな思いを言霊にするかのように、真花塾は精一杯やっていきます!合格を目指して頑張りたい人、頑張るきっかけが欲しい人、勉強は任せてください!

2018年6月23日

コミュニケーション, 大学受験, 学び, 講師ブログ, 高1, 高2, 高校部

勉強しない理由?

全力を尽くした上でやむを得ず生徒と距離を置く、ということがあります。
「なんとかしてあげたいけれど、もうこれ以上は踏み込めない」という、なんとも心苦しい状態です。

フラグは大きく5つ。
1.志望校がない(どこでもいい)
2.(ずっと)心身の調子がすぐれずに「勉強できない」
3.高校の課外活動などが忙しくて「勉強できない」
4.先生(講師)と「うまくいかない」ために「勉強できない」
5.ほかの科目で「忙しい」ために「勉強できない」

どんなに大切に思う植物でも、日当たりの悪い場所に置いたままに、水をあげすぎては枯れてしまいます。

同様に、生徒自身が日の当たるほうに自分の力で伸びようとしてくれるまで、私たちは待つしかない。
たとえ、それを待っていると「入試に間に合わない」かもしれないと危惧しても、水のやりすぎで彼らを根っこから腐らせてしまうよりは、待つほうがまだ再生のチャンスはあります。

受験勉強が大好き!と言える生徒はごく少数でしょう。ふつうはつらい、厳しい、大変だ、と感じて当然です。

でもだからといって、彼らは決してかわいそうな状況に置かれているのではありません。成功へのプロセスを辿っているだけなのです。
決して、安易な「勉強しない理由」を作らせてはいけません。

明らかに自分に不足している点があるのに、それを誰からも指摘されず、しっかりとしたサポートもされず、ほめられもせず、叱られもせず・・・。
もし自分が同じ立場に置かれたら、どれほど行き詰った思いがするでしょうか。

ビリギャルの主人公は学校行事の当日も勉強していたそうです。
私はヤンキー古文の吉野先生の著書を読んで受験期を過ごしましたが、「四六時中ずーっと勉強していた」という内容を読んで、「同じ人間なのだから私にだってできるはず」と、怠け心や不安に立ち向かいました。

多くの塾で、メインの生徒である中学生は皆「高校生」になり、いずれ「大学生」になります。
高校生なっても「きっちりと」、高1であっても親身に、高2で伸び悩みがみられるときには早めに、高3では受験に一人で立ち向かえるように。

早く手を打って失敗する、ということはありません。
むしろ、目の前の高校生活の毎日で必死な生徒たちに、その足元の少し先を照らしてあげることが、高校部の役割なのだと思います。

・たとえどんなに部活が忙しくても、それは「勉強しない理由」にはならないよ。
・たしかにご家庭で意見の相違があって、それがどうしても気になっているとしても、申し訳ないけどそれは「勉強しない理由」にはならないんだよ。
・たとえ先生のやり方が「合わないな」と感じる部分があったとしても、だからといって「自分が勉強しなくなった理由」にはならないよ。
・熱があってしんどかったのはよくわかるけど、だからといって無断で課題をすっぽかしていい理由にはならないよね。

生徒に寄り添うために「同調」する必要はありません。
彼らに「物事の新しい捉え方」を示すことのできる講師が、いちばん信頼されるのではないでしょうか。

2018年2月23日

大学生講座, 学び, 私塾探訪, 講師ブログ

私塾探訪vol.1 適塾

緒方洪庵の適塾に来ました!
面白い!建物も展示も目を見張るものばかり!
広いお屋敷をウロウロキョロキョロとしつつ、気分はなんだか福沢諭吉です。

洪庵はどんな学生のどんな意見にも耳を傾け、「そうかそうか、君はそのように考えるのか」と朗らかに肯定して接していたと、本で読んだことがあります。

医学を志して適塾に入った塾生が、学ぶうちに兵学に目覚めるという話は興味深かったです。
〇〇になりたいから△△の資格を取って、〇〇大学で勉強して…という一本道思考がされがちですが、学びの”遊びの部分”をしっかり残しておきたい。
文系か理系かの二者択一から、まるでコンパスで同心円を広げていくかのような横断的な学び方に、時代は変わってきています。

針をどこに刺すかを決めるのは、若い学生たちです。健全に遊ぶことを恐れないでください。

やっぱり教育ってすごい。教職、教育業界が厳しいと言われて久しいですが、それでも「教える仕事」を求める人が続くのは、やはり生き物としての本能というべきか。「教えを繋ぐ」こと「人を育て、幸せに貢献する」ことは、命をつなぐことだと思います。

たとえ教えた人間が望むような形を完成できないまま人生を終えたとしても、それを受け継いでくれる人は必ずいます。
なぜ勉強するのか。なぜ学ぶのか。それは「将来、しかるべきだれかを助けるため」です。