講師ブログ

2020年5月29日

真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

無鄰菴・山県有朋の“権力”と評価【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

山県有朋は、その生涯を通じて数多くの和歌を残しています。国学を学び和歌にしたしんだ、父の影響をうけたことがきっかけだそうです。
ほかにも漢詩・仕舞・書、さらに作庭という、幅広い趣味を持っていました。この無鄰菴の庭園も、有朋の指示に基づいて、七代目小川治兵衛が手がけた「近代庭園の傑作」と称されるほどのものです。

山県は幕末から明治にかけ、近代日本の政治と軍事に関わった人物ですが、今回、山県について調べていくうちに、彼が「嫌われ者」とみなされていることを知りました。

その根拠のひとつに、同じ国葬であった大隈重信の葬儀は一般の弔問客にあふれていたにもかかわらず、山県有朋のほうは政治家、家族、同郷の者ばかりで閑散としていた、という事実があります。よって、国民から慕われていなかったのだと。

実際、山県の国葬に反対した意見として「山県公は、この民衆政治・政党の発達を阻害したることで世すでに定評がある。いったい山県公はつねに自己の周囲をとりまく人々の言を聞いてこれを信条とし、一般国論・民意を度外して常に耳をおおうた人である」とあります。

自分の浪人時代、ある予備校の先生のテキストのコラムで「人は死んだときに、自分の人生の本当の価値がわかる。いちど自分の葬儀に、どんな人が来て、どんな風に自分を惜しんでもらいたいか考えてみると、今日の過ごし方が自ずと決まる」というような内容を読んだことがあります。

その言葉と相まって、葬儀が閑散としていたという山県有朋は、やはり大衆的ではない人物だったのではと思わせます。

ならば、彼はなにを目指し生きていたのか。

この無鄰菴で庭を歩きながら考えました。もちろんきれいな庭園に茶室、無鄰菴会議が開かれた洋館、そして呈茶(抹茶と和菓子)・・・いま目の前に広がるそれらのどれもが、心に響くものばかりです。

それでもやはり私は、この無鄰菴の主であった山県がどのような人物であったかを知ることに、強い興味を覚えました。

今回、いろいろと調べるなかでとくに印象的だったのは、山県の周りの人物からの、あまりに率直な評価です。まるでどこか、襖ごしに大盛り上がりに聞こえてくる陰口が、じつは自分の知り合いに対しての内容で、決してそのままを肯定したいとは思わないのだけれども、かといって否定できるくらいに外れた悪口というわけではなさそうで、とにかく非常に決まりが悪い。もちらん私は、山県となにかの繋がりがあるわけでもなんでもないのですが、無鄰菴の静けさと大きさと美しさが、その主であった人物と大きくかけ離れたイメージとなり、混乱に近い感覚に陥りました。

一部をご紹介するとこのようなものです。

吉田松陰は、入江文蔵にあてた手紙に、「大見識・大才気の人を待ちて、郡材始めて之が用をなす」と書きました。この手紙のなかで松蔭は、松下村塾の門下生たちの名を挙げています。山県についても、「大見識・大才気」の人物でなく「郡材」の一人であるという内容が読み取れます。

明治天皇は、山県が満州軍総司令官を希望した際、「山県元帥は不適任とは思わないが、あまりにも細かく、且つ鋭い指導をするので軍司令官たちが歓迎しないようだ」と述べられたようです。また、「短慮にして怒り易い」とも。

さらには、「大正天皇は、山県を人間的に嫌っておられたようで彼が参内したときは片っぱしから回りにあるものを下賜して追っぱらおうとされたという」。そして「民衆にとって山県は新らしい時代を作り上げるために邪魔者以外ではなかった」と見方が定着しているようです。「局部に拘泥して大局を達観することができなかったから、総司令官としては適任でなく、むしろ慎重で些細な事柄も見おとさないという点から参謀もしくは副官として適切であった」という評価もあります。

政治記者であった鵜崎鷺城は、「山県有朋の権力は陸軍大臣より重く、参謀総長より大なり。政府と雖も、彼の命に抗する能はず、伊藤の他界するや、軍人殊に山県閥の豪横・驕専、月に日に加わり、今や武断政治の弊その極に違す」と述べています。「山県は股肱腹心の者を自分の周囲におき、これを団結させて自家の勢力の扶植をはかることは、彼が銭財をつむ欲心がもっとも深いのと同じである。山県は客に接するときは必ず羽織・袴をつけ、客が礼服をつけないとその無礼を怒って再び面会しないというほど謹厳であるが、表裏は頗る矛盾している」と、細かい行動についても残しています。

では、ここで山県の自己評価もみてみます。

彼は幼少期、自分に才学があまりないことをすでに自覚していたといいます。「一介の武弁」と劣等感を含めて自己評価しているように、武道で自分の道を切り拓いた一方で、自尊心も実力も自信もないという現実と対峙し続けたといえます。それが結果として「自己の獲得した地位・名声を守るために汲々と努力した」人生に繋がりました。

生涯を通じて権力欲に支配され続けた山県ですが、実際に手にした陸軍と自身の強大な権力は「功罪」となりました。

有名な歴史上の人物は、表面上の逸話の裏に隠されたその人物の本当の人となりや、違った一面が取り上げられることが多いのではないかと思います。また、人生のさまざまな場面で行動や考えに変化が起きていくのがつきものです。

山県のように、こ周囲からの評価や印象がマイナスである程度一貫していて、しかも幼少期の経験と自己評価による影響が晩年まで続いた(と思わせる)行動を取り続けた人物は、きわめて希なことでしょう。仮に政治的信念や目的のため、意図的にそうしていたとしても、です。

もちろん、山県の人物像と政治家、軍人としての側面は必ずしも直結するとは言い切れないでしょう。もし、同じように権力欲の強い人間だったとしても、軍や軍閥と無縁の人物であったならば、彼への評価ももっと複眼的なものになりえたはずです。

私が特筆したいのは、吉田松陰の「郡材の一人」」との評価です。この評価が正しいとすると、内閣総理大臣にまでなった彼は、「権力欲」を持ち、そのまま「郡材」から抜きん出てしまったからこその苦悩や葛藤、矛盾を抱えて生きることとなった。

本来、「郡材」には郡材としての大切な役割があります。おのれの務めと自覚して全うすればもはや”ただの郡材“ではなくなります。それは誰にでもなしうることではありません。彼の欲した「権力」は、「郡材」としての若い頃の自分とはかけ離れたものだったに違いありません。

ときに、私たちは人生において、ずっと自分への評価をされ、自分自身でも自分に評価をし、その評価を気にして生きざるをえません。

「気にする」ということはプラスでもあり、マイナスでもありますが、私たちが苦しむのは、周りからの評価と自己評価の食い違いです。

ですが、自分の受けたい評価を望むあまりに自己演出にかじりついたり、過去にとらわれつづけ、周囲に不安定な自分をぶつけるだけになって健全な思考と行動ができなくなってしまうようでは、その「自己演出」は自分にとって適切ではないでしょう。山県は、自分の過去の受け止め方と自己評価を変えるきっかけをつかめないままに生きて死んだといえるのではないでしょうか。

現代に生きる私たちにとって、周囲から「評価」を受ける経験は、一人前の社会人になるための、いわば通過儀礼です。学生時代は、それはおもに学業成績でしたが、社会に出れば、点数ではないあいまいさをもって評価されます。

自分ではどんなに納得のいかない「評価」も、そのまま受け入れなければならないのが人生です。そして、自分のほしい評価は、自分が変わることによってのみ得られます。たんなるスキルアップだけでなく、心身の充実と向上も必須です。

地球上の生物の長い進化の過程は、周りの環境の変化に対する「適応の歴史」です。

「変わりたくない」「変えたくない」「このままでいたい」「これまでどおりがいい」という稚拙な願いは、「環境に適応できない」「変化に対応できない」ことにつながり、いずれ悲劇的な結末につながりかねません。

ここ無鄰菴で、静寂と東山を借景にした庭園のおおらかさに包まれながら、山県の生き方に思いをはせ、自己と向き合う時間を過ごせました。これからも人生のさまざまなステージにおいて、ふと自分のあり方を見つめなおしたくなったとき、きっとこの場所に訪れるだろうと思います。

2020年5月2日

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【最新お知らせ】真花塾に”英語・数学・現代文・小論文”が仲間入り!

古文漢文特化のオンライン塾「真花塾」において、みなさんの大学受験合格を強力にサポートする”他科目部門”がスタートしました!

https://sanakajyuku.com/othersubject/

難関大合格(医学部含む)を心から志望する、ホンキの高校生や中高一貫校の中学生は必見!

2020年4月27日

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“あなたのためだけ”の動画添削を受けるその前に【高校生指導Q&A vol.21】

こんにちは。真花塾塾長の吉川です。2020年4月現在、オンライン授業が普及し、自宅にいながらにして勉強に集中できる環境がめざましく整いつつあります。

大学受験合格を目標とする場合だけでなく、不安なく学校の勉強の予習や宿題の質問をしたいみなさんにとっても、オンラインは強い味方になってくれます。

真花塾では、オンラインで顔を合わせて授業をするのは、実は「オプション」となっています。メインは動画添削です。講師はあなたのためだけに動画を作ります。学校の宿題、学校内容、そして本当に必要な大学受験サポートは、あなたのために作った動画での解説と声かけが一番だと考えています。

みなさんにとっては、YouTubeといえば気分転換や遊びのものという意識があるかもしれませんね。実際YouTubeで「勉強」と検索してみると、ルーティン動画や勉強のしかたについての動画が多いです。

ただ、興味深くてためになる情報はたくさんあっても、いま本当に自分が知りたいと思っている勉強単元についてや、宿題内容の解き方についての動画はなかなか見つからないのではないでしょうか。そんなときにも、大学受験指導のプロの手による動画添削があれば大丈夫。

ここで、おっ動画添削ってなんかすごそう!と思ったあなた、ここで少し一緒に確認させていただきたいことがあります。

1)勉強はあなたにとって大切なものですか

“あったり前じゃないか!だってテストもあるし受験もある。大切に決まってるじゃん!”

そうですね。中学生高校生のみなさんにとって、学校生活はいまある人生そのものです。

ただし、その「当たり前」を本当に心から、みなさん自身が望む必要があることを忘れないでください。まして動画添削は、講師がみなさんのそばで「ペンを持って書けているか」「解説にしっかりと耳を傾けているか」という確認はできません。

いくらいい勉強環境を手に入れたとしても、実際に行動するのはあなた自身です。自分自身で勉強の高みに上ろうとしているのだという強い思いと誇りをいつも心にとどめましょう。それが必ずホンモノの自信につながります。

★「大学くらい出ないといけないと家族に言われたから」「〇〇大学くらい出ないと就職がないから」というちっぽけな思い込みにとらわれている方は、もう一度よく「自分の勉強する意味」を考え直してから、ご受講を開始してください。大学は高度な学問を追及するところです。「いいところに就職するための保証機関」ではけっしてありません。

2)講師からのコミュニケーションにていねいに応えられますか

LINEやメールは好きですか。3文以上のメッセージも最後まで集中して読めますか。私たち大人が、若い皆さんにぜひ身につけていただきたいのは、文字を使ったメッセージに強くなれることです。

あなただけの添削動画は、LINEまたはメールでお届けします。また、皆さんからの質問や課題の提出もやはりLINEかメールです。

とても不思議なことなんですが、文字によるコミュニケーション(や画面を通したコミュニケーション)は、直接会ってお話しするときよりも、人の“よくない面”を如実に映し出してしまいます。こういった意味では、直接会って講師から授業を受けるほうが何倍も「優しい指導」になるでしょう。

例えば、このような場合、皆さんが自分で思っている以上に、講師への印象は悪くなります。(何回もすれ違いを重ねた結果、指導に支障をきたし、ともに勉強をつづけることが難しくなることもあります。)

・課題や質問を提出するときに「お願いします」と文字で伝える習慣がない

・動画や解答を受け取ったときに「ありがとうございます」と文字で伝える習慣がない

・講師からの「さきほどの説明で納得できますか(わかりますか)」というメッセージに返事しない

・提出期限に遅れたときに「遅くなってすみません。実は・・・」と事情を説明することができない

・電話連絡やオンライン面談の、いちど話し合って決めた日時を何度も変更する。または約束の時間をすっかり忘れている。

★デジタルツールを使いこなすのは人間です。画面の中のつながりであっても、講師はいつもがんばるあなたのことを気にかけ、常に準備をしています。この、ごく当たり前の現実に気づけない皆さんではないはずです。ともに志望大学合格に向けて歩むための、ゆるぎない信頼関係を構築していけたらと心より願います。

2020年4月12日

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2020年に新たにオンライン授業を導入する個別指導塾の先生へ【高校生指導Q&A vol.20】

まさかこんなことになるなんて・・・!と誰もが思う2020年が始まったわけですが、大きな変化に戸惑うのは生徒と保護者も同じです。

(逆説的にあえて「同じ」と申し上げます。どんな人にとっても未曾有の状況であることに変わりはありません)

さて、今回は動画添削&オンラインにて、古典に特化して大学合格指導をして3年目になる真花塾の吉川が、自分の経験を振り返りつつ、オンラインでの生徒指導を成功させるちょっとしたポイントをお伝えしたいと思います。

1)画面とメッセージで伝えきれないからこそ言葉を尽くす

オンラインの導入に踏み切るのを躊躇される先生方は、きまって「メールやLINEだけではこちらの意図もちゃんと伝わらないし、講師がいないのに生徒がちゃんと勉強をがんばっているのかも疑わしいし、しっかり理解できているのかもわからないですよね?」とおっしゃいます。

はい、その通りです。講師の目の前ですべて完結する対面授業とは異なりますから、まさにおっしゃるとおりです。だからこそプラスαで、創意工夫を積み重ねていくのが「プロ講師によるほんもののオンライン指導」です。

対面授業では、「ちゃんと」「しっかり」という感覚的な判断は、見守っている我々講師に委ねられました。「ちゃんとやりなさい」というあいまいな指示であっても、生徒のほうがその意図を汲んでくれていた、と考えることもできるのではないでしょうか。

(ものの本で、「副詞や擬態語ばかりを使って相手を指導しようというのは指導とはいえない」という内容を読んだことがあります。)

オンラインでは、そのあいまいさを払拭し、細かすぎるほど言葉をていねいに正確に駆使して、相手に自分の意図を届かせる必要があります。

例)

・いまは前の画面を見ててね。なんて書いてるか、読み上げてみてくれる?

・お手元にテキストはあるかな?◯ページを開けてね。

・この「大問1」は見えるかな?

・いまは青ペンを持ってノートに書き込んでね。書き終わったら「終わったよ」って知らせてね。

など。

「生徒がしゃべってくれるだろう」「返事してれるだろう」という安易な考えは通用しません。生徒だって画面越しに緊張しています。

気心の知れた生徒であっても、オンラインではオンラインの、新たな信頼関係を構築しないといけません。対面授業のように、勝手にしゃべり出してくれることはほぼありません。

また、問題と宿題のやりとりをする上で、メールやLINEでの文字でのコミュニケーションもおそらく増えます。(先生方のスタイルによる部分もありますので、必ずというわけではありません)

そんなときも、長文や書き言葉に不慣れな生徒たちに向けて、必ず「届く」「読んでもらえる」ように工夫してメッセージを送ることが大切です。

ポイント

・冒頭では必ずほめる、または「ありがとう」と伝える

例)宿題提出を確認しました。見やすく写真を撮ってくれましたね!ありがとう。

・返事がほしいときははっきりと書く

例)授業のながれを組み立てたいので、赤ペンで上書きしている「問題1」について質問があるかどうか、聞かせてください。明日の18時からの授業までに、準備をします。すみませんが、明日の16時までにお返事ください。お願いします。

・文面ではできる限りストレートには叱らない。

例)原稿用紙のマス目から思いっきりはみ出てしまっている字は、きっと小論文試験本番でも、大学の先生は読みづらく思うはずです。受験当日まではまだ数ヶ月ありますが、いまのうちから練習しましょう。せっかく提出してくれたのですが、はみ出た部分だけでも書き直して、もう一度メール添付してもらえませんか?今日の20時までにお願いできるととても助かります!

2)授業時間内で“プチ面談“を必ずする

幸いなことに、オンライン授業はご家族がご在宅中であることもほとんどです。お皿を洗うなどの家事をしながら、リビングでお子様と一緒に授業を聞いてくださっています。進路指導や学習アドバイスをする上で、非常に心強い状況です!

例)

・そういえば先月は◯△高校に興味があるって教えてくれていたけど、あれから何か気持ちが変わったことはある?

・毎日単語を覚える!と話してくれていたけど、いまも続いてる?今日は何番から何番の単語を覚える予定?

・明日は自習の日だけど、その時間でどの教科の、どんな本の何ページを勉強するか、予定は決めてあるかな?

ご家族もきっと一緒にお考えいただけますし、場合によってはそのまま保護者の方も画面にお顔を出していただけて、面談することができます。オンラインならではですが、ネット上にある情報やPC内にある資料をそのまま画面共有して、進路指導につなげることもできます。

3)講師がリズムよく話せばあっと言う間!に授業が終わる

「あっという間!」というのは「授業時間が短い」こととは違います。画面ごしに話すのは、それだけでとても体力を使います。80分授業がベースにあるとしても、その時間を守ることにこだわりすぎると長続きしない小中学生がいます。授業時間の柔軟な調整は不可欠です。

さらに、その濃密な授業時間を楽しんでもらうために必要なのはリズムです。序破急を意識しましょう。いつもの個別指導で話すペースの⒈2倍速で、間延びせずに話すことが大切です。一方で、生徒が考えている時間はたっぷり待つ。この使い分けがポイントになります。

気分はYouTuberです。多少大きな身振り手振り(顔を近くで手を広げて指を折りながら数を示すなど)でも、相手を不快にさせることはありませんので、講師側のエネルギーを満タンにして画面から生徒に言葉のビームを届けるような、明るく強い雰囲気を演出できると最高です!

2020年3月22日

古文, 古文を訪ねる, 学び, 真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

三井寺〜夢応の鯉魚(上田秋成『雨月物語』より)鯉魚とすべての生あるものの叫び

三井寺(園城寺)は京都からは地下鉄と京阪電鉄を乗り継いで、小旅行気分を味わいつつもとてもスムーズに訪れることができます。

いまではなんといっても、多くの映画やドラマのロケ地として知られ、本来の寺院としての楽しみ方に、またちがった味わいも感じられる場所ではないかと思います。

今回も真花塾の頼れる女子大生カメラマンの力を借りて、紅葉の季節に三井寺のさまざまな美しい場所をめぐることができました。三井寺にまつわる“古典”について掘り下げていきます。

■三井寺に残る”伝説”

三井寺には広大な境内に、たくさんの文化財だけでなく、さまざまな伝説が残っています。

たとえば、
・秘仏であるご本尊
・弁慶の引き摺り鐘
・ねずみの宮と頼豪阿闍梨
などです。

さらに“伝説的”なものとして、三井寺の興義という僧侶が魚となって不思議な体験をしたというお話が書かれている『雨月物語』の「夢応の鯉魚」が挙げられるのではないかと思います。

興義は、詳しいことは分かっていませんが、画家として有名な実在の人物なのだそうです。なお、「夢応の鯉魚」の主人公は、作者である上田秋成と同じ時代を生きた、べつの大阪の画家がモデルであるという説もあるようです。

■『雨月物語』より「夢応の鯉魚」のあらすじ

三井寺の興義は、絵が非常にうまいことで評判の僧侶です。琵琶湖に小舟を出して、漁師から買った魚をすぐに水に放して、その泳ぐさまを絵に描くこともありました。

また、魚で遊ぶ夢を見て目覚めるやいなや、すぐにそのさまを絵に描いて「夢応の鯉魚」と名前をつけて、それを人にあげていました。

あるとき興義は病気で急死してしまいますが、その三日後に蘇生して、檀家の一人にある話を始めます。

それは、自分が死んでからの話。彼は夢を見ていたというものでした。

興義は一匹の鯉に生まれ変わっていたのです。

水の中を泳ぎ回っているときの様子、そして漁師に釣り上げられ、その檀家の家で膾にするために料理される(つまり人間によって殺される)ことになって、命を取られるまさに寸前で、目が覚めたのだと。

とくに私たちに強烈な印象を残すのは、興義が鯉としての楽しみを謳歌していた一方で、海神からのこのような詔を聞いていたにもかかわらず、欲望に負けて釣り針にかかり、殺される恐怖が描かれるくだりではないでしょうか。

海若の詔あり。老僧かねて放生の功徳多し。今、江に入て魚の遊躍をねがふ。権に金鯉が服を授けて水府のたのしみをせさせた給ふ。只餌の香ばしき昧まされて釣りの糸にかかり身を亡ふ事なかれ・・・

生前の放生の功徳により、

かねてからの「魚になって悠々と泳ぎたい」という望みをかなえてあげよう。

でも、餌のかんばしい香りに目が眩んで、

釣り糸にかかって身を滅ぼしてはいけないよ・・・

興義は「自分は仏の弟子である。たとえ食べ物がなくても、魚の餌などどうして食べることができるだろうか、いや、そんなはずはない」と思い、また泳ぎ始めます。

突然、ひどい空腹を感じてきました。どうしようもなく狂うように泳ぎ回っているうち、知り合いの漁師が釣りをしているのに出会いました。

そして、餌を食べても捕まりはしない、それに自分の知り合いの漁師なのだから気にするまでもない、と考えてついに餌を飲み込んでしまいました。

こうして、釣り上げられた興義は慌てふためき、漁師に向かって叫びます。

こはいかにするぞ

でも、まったく届くことがありません。そのうちに、檀家の家へと運ばれました。

そこで、宴会に集まる人々に向かって

旁らは興義をわすれ給ふか。ゆるさせ給へ。寺にかへさせ給へ

としきりに叫んでも、彼らにも聞き入れてもらえない。とうとう漁師人によってまな板に乗せられたとき、刀が目に入ります。

仏弟子を害する例やある。我を助けよ助けよ

泣き叫ぶ興義。とうとう切られる!・・・そこで目が覚めたのです。

 

この話を聞いた人々は、そういえばあの魚は、声はしなかったが口をぱくぱくさせていたなと思い出し、膾の残りを湖に捨てることにしました。

■興義のその後

興義はその後天寿を全うし、臨終のときには、自分が描いた鯉の絵を湖に散らしました。絵のなかの鯉は紙を抜け出して水中に泳いだため、興義の絵は今に残されていないのだとか。

僧侶にもかかわらず生への執着を捨てられず、最期のときに自分を「仏弟子」だと言って泣き叫ぶ。それを傲慢な人だ、僧侶らしくない、まるで普通の人間と同じである。

これが「夢応の鯉魚」です。

直接三井寺が出てくるのではありませんが、三井寺の興義のこの不思議な物語は、真に迫ってくるものがあります。魚の叫びは、いわば生あるものすべての叫びです。

■琵琶湖周辺の美しい景色と和歌的な言葉の数々

ちなみに、この物語には、琵琶湖周辺の地名や歌枕がたくさん出てきます。魚となって泳ぎ回る興義が、昼に夜に見た美しい景色を、和歌の修辞を通してより立体的に感じられます。

長等の山、志賀の大湾、比良の高山。さらに、沖津嶋山、竹生嶋、伊吹の山風、そして瀬田の橋・・・。

琵琶湖へは、関西圏の人にとってはアクセスも便利ではありますが、このように古典文学を通して、ココロのプチ旅行をしてみるのも、とても面白いものですね。

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