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講師ブログ

2019年4月7日

Q&A, コミュニケーション, ネット塾, 中学部, 保護者サポート, 受験, 塾サポート, 大学受験, 小学生, 講師ブログ, 関連記事, 面談, 高校部

新年度。”辞めない”非常勤講師たちをこう育てる!【高校生指導Q&A vol.12】

真花塾の古典ネット指導は、塾長吉川が責任を持って、全ての生徒さんを担当しております。これが超・個別指導の名称の由来です。

一方で私はまた、各個別指導塾さんにおいて、生徒指導や指導に関するアドバイスなどもさせていただいております。

今回は新年度ということで、新しく指導を開始される先生方、そして「中堅以上」になっていかれる先生方をとりまとめるための工夫をご紹介します。

それはLINEグループの「ノート」機能です。

週3回を目安に、幼児~中学生の5科目、さらに高校生指導について、皆さんにとってためになり、”今日も授業がんばろう”と元気を出して強固な”講師チーム”になっていただくべく、いろいろな切り口から記事を書いています。

いくつかタイトルをご紹介しましょう。

【古文の辞書の選び方】

【高校生・中学生数学の学び直し】

【〇〇先生と考えました!新中1生の教科別ポイント(国・数・英)】

【きちんとシカケてますか?仕掛学

はなんのために読むの?】

【新中3生保護者向けガイダンス終了レポート】

新高2生、新高3生を担当される先生方へ】

などです。

たとえば、こんな例があります。

社員講師数名、非常勤講師20名以上の講師チーム。
それぞれ個性的で、それぞれの「信念」にもとづいて指導しておられ、「先生よる指導力のばらつき」を保護者に指摘されていた塾さんが、いまではこの「ノート」により、同じ方向性を持って指導されています。非常勤講師の皆さんもやりがいを持って働き、やめる先生はとても少なくなったとのことです(^^♪

我が塾も講師たち向け「記事」がほしい!とお考えの塾長先生がおられましたら、問い合わせフォームからお知らせください。貴塾のご方針や内容についてきめこまかくヒアリングさせていただき、記事作成を代行させていただきます★

2019年3月30日

こどものチカラ, 古典教養講座, 真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

吉田神社追儺式~冬から春へのプレリュード【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

節分は「季節を分ける」という意味です。
2月3日の節分がその翌日を「立春」とするのと同じように、それぞれの節分の翌日は「立夏」「立秋」「立冬」となります。

この吉田神社では、その節分の前夜に追儺(ついな)が行われていて、非常に多くの人でにぎわいます。この儀式は、別名「鬼やらい」ともいいます。

京都の冬といえば節分!とすぐに思いつく人も、とくに京都の方はたくさんおられます。

節分とは元来、中国で疫病や悪鬼を追い払う行事だったのが、日本の陰陽道と結びついたものだそうです。
(ちなみに大晦日に行われていました。)

それが徐々に民間の正月行事になり、現在のようになったとされています。

鬼はけっして悪の象徴としてだけではありません。たしかに疫病をあらわした鬼は存在していて、追い払われたり打ちのめされたりするのだが、なかには神や祖霊をあらわしたものもいて、その恐ろしさも「子どもを守る力強さ」を示すといいます。

さて、吉田神社の追儺式に話を戻しましょう。

登場人物は、方相氏とそれに付き従う小童たち、そして陰陽師と、もちろん疫鬼です。

鬼は赤・青・黄がいて、それぞれ「怒り」「悲しみ」「苦しみ」とあらわすのだそうです。
暴れまわる彼らは、人の心を映し出す存在なのですね。ふだんはどうしても避けて過ごしたい感情の具現。赤ちゃんでなくても大泣きしてしまいそうです。
最後に上卿以下殿上人が登場。桃の木でできた弓で葦矢を放ち、疫鬼たちを追い払います。

桃と鬼といえば・・・そう桃太郎!

桃は、イザナギが黄泉の国から地上に戻るため、追ってくる大勢の化け物たちから逃げる途中、

黄泉比良坂(よもつひらさか)で見つけた桃の木の実を投げつけて退治したという話もあります。

それほどに力を持つ桃。

桃太郎も、必然的に桃から生まれる運命を持った「悪いもの退治」のシンボルなのでしょう。

実は節分の豆も、もともとは桃の果実の役割でした(!)

イザナギは、化け物たちから自分を守ってくれた桃に「地上の世界で人々が困ったときにも助けてあげるんだよ」といいつけました。

それなら私たちもさっそく「桃まき」を・・・って、「冬の節分」じゃとってもムリだ・・・!

ということで、豆まきで使う豆も、ただのお豆さんじゃちょっと具合が悪い。

きちんと「桃が持つ力をこの豆たちに授けてください」と祈祷されたお豆が用いられます。
(もちろん各神社やお寺では、節分祭においてご祈祷された豆で豆まきをされています^^)

このように、節分は季節の分け目であり、もしかすると私たちにとっての「こころの分け目」であるのかもしれません。

いまは新年といえばもちろん1月で、旧暦の2月は学校でも「2月は逃げる」といわれるほどあっという間に過ぎるものと考えられがちです。

ですが、「節分」の本来の意味を知り、新しい年の始まりから1ヶ月を見つめなおしなどの”リスタート”として過ごすのもいいかもしれません。

2019年3月10日

Q&A, コミュニケーション, ネット塾, ビジネスマナー, 保護者サポート, 動画添削, 受験, 古文, 塾サポート, 大学受験, 漢文, 講師ブログ, 進路指導, 面談, 高1, 高2, 高校部

どう選ぶ?動画添削で伸びる生徒、対面形式で伸びる生徒【高校生指導Q&Avol.11】

多くの高校生にとって、「動画」で「添削を受ける」教わり方は初めてではないかと思います。映像授業やPCを使った授業は、いまやあちこちにありますが、真花塾の動画添削では独自のポイントがあります。

動画添削には、ただ「課題を提出する」という通信講座の要素だけではなく、「文字情報」「文章」による講師との上質なコミュニケーションが欠かせません。

オフライン塾なら、「塾で勉強している間」だけの指導であることがほとんどなのですが、古文漢文特化ネット塾「真花塾」では、生徒の希望進路が本当に実現するまで、受験当日の朝、合格発表のその時間まで、「その生徒のためだけ」にきめこまかく対応しています。

今回は真花塾塾長の吉川が、動画添削のご導入を考えておられる塾長先生、そしてすでに指導を開始している生徒さんをお持ちの塾様に、動画添削で伸びる生徒、対面形式の指導のほうが伸びる生徒にはそれぞれどんな特徴があるのか、高校生指導8年目の経験を土台に、率直にお伝えさせていただきます。

1)3行以上のテキストメッセージもムリなく「読める」「書ける」

LINEなどに代表されるスマホを使ったコミュニケーションツールは、手軽でとても便利です。その反面、「短文」「スタンプ」いわゆる「スルー」になじんだ高校生には、講師からの課題送信&取り組み方の指示や、面談日時の設定など、大事な情報までもスルーして、すれ違いを重ねることがあります。

もちろん、新しい指導やコミュニティを受け入れ、自分の糧にできるまでの期間は、人それぞれです。講師も、その生徒の個性に寄り添うように尽くしています。ですが特性として、「文字情報が好きである」ことは必須に近いかもしれません。

もし、「講師とはよく会話が弾んで好印象だけれど、メールやLINE、電話でのやり取りには反応が鈍くなってしまう、またはなんとなく抵抗を感じている」という生徒さんは、オプションのzoom指導をご活用ください。

(添削とどちらをメインとするか、塾長先生と生徒さん、保護者の方と密にご相談させていただくこともできます。)

2)「返事すること」の重要さを知っている
先日、木村拓哉さんが「カゼを引くことは大罪だと思う」というコメントをしていましたが、私はテレビの前で「そうそう、ほんとそうだよ!」と膝を打って叫びました!笑

さまざまにコメンテーターが取り上げていましたが、

木村さんが言いたかったことは、

本来は自分で防げる、または気を配っておけば避けられることだ。やむを得ずカゼで思うような仕事の質にならず、遅滞などに陥った場合、一体誰にどんな悪影響が出てしまうのか想像しなさい。さらに、カゼを引いてしまったのだから自分は悪くない、と言えてしまう状況にあぐらをかけてしまうことへの怖さを知りなさい

ということではないかと私は思いました。

たとえばLINEの場合、手軽で便利で、言いたいことは時間を問わず言えます。その一方で、読みたくないときは読まなくていいし、言いたくないときは言わずに済ますこともできます。

大きな話では、

・決めた出願先と受験日程を知らせない
・面談後に志望変更したことを伝えない
・受験後、何度も聞かれるまで自分から合否すら言わない
など。

その結果、指導内容が受験する大学の傾向とがどんどん合わなくなるという受験シーズンのトラブルがあります。

これについては、とくに塾長先生なら誰もがその怖さをご存じだと思います。

ですが、このような生徒は、そもそも普段から「受け入れたいものしか見ない、受け入れない、返事しない」という強烈な、そして攻撃性のある静かなワガママを何度も続けているのです。

私はこれを「サイレントハラスメント」と呼んで、生徒に話しています。

(教育現場でのハラスメントは、先生から生徒に行われるものだと思われがちですが、実際はほとんどの場合、違うんです…!)

もちろん彼らは、ハラスメントなんてするつもりもなければ、性格も真面目で明るい頑張り屋さんたちです。私もそれはよくよく分かっています。

でもだからこそ、心がけてほしいことがあります。

視野を閉ざして、スルーを続けて、自分の価値を下げてはいけません。信頼されない行動を重ねてはいけません。

講師からの指導内容と自分の「受け入れたいもの」に齟齬があればあるほど、不合格まっしぐらになるのはあなた方です。そのことにあとになって一番苦しんでしまうのも、あなた方なのです。

でも、がんばろうと思っているのに、どうしても、スマホにメッセージが来ることに拒否反応があったり、返事をすることがしんどくてたまらなくなったとしても、それは決してあなたの性格のせいではないのですよ。

そこには、あなたの「文字ではなく実際に口頭で指導してほしい」という本当の望みが隠れているのかもしれません。ですから、決してムリをして動画添削受講を続けてはいけません。遠慮なく正直に伝えてくださいね。

そんなとき、私はまず、真花塾のzoomを使った指導をおすすめをします。それが私の責務だからです。

でも同時に、あなたに合ったオフライン指導塾の探し方もアドバイスします。もしかしたら他の有名映像授業の話もするかもしれません。どんな可能性も、一緒に客観的に探ります。

ですから、視野を閉ざさないでください。

大学受験が本当の意味で成功するかどうかについては、学力や素質を語る前に、素直さです。いつでも素直で正直な、誠実な高校生であってほしいと、心から願います。

2019年3月2日

コミュニケーション, 真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 裏千家茶道, 講師ブログ

ひな祭り。古典から”女の子の幸せ”に思いを馳せる【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

明日は3月3日、ひな祭りです。写真の菓子はその名も「蛤」。貝あわせ(貝覆い、ともいまは呼ばれます)に使われる蛤の、そのどっしり座ったようなたたずまいが素敵です。(このあと、濃茶とともに皆さんでいただきました)

もともとは貝殻のもつ本来の美しさを競う遊びだったようですが、だんだんとその貝の内側に絵や和歌が描かれるようになり、いわば”蛤の神経衰弱”ともいえる、一対の貝を探し当てる遊びとなりました。蛤は、その対になっている貝同士でしかぴったりと合わないことで、仲の良い夫婦をあらわすとされています。

私(真花塾塾長)がこの貝あわせを初めて知ったのは、『徒然草』百七十一段、「貝をおほふ人の、我が前なるをばおきて、よそを見渡して、人の袖のかげ、膝の下まで目をくばる間に、前なるをば人におほはれぬ。よくおほふ人は、餘所までわりなく取るとはみえずして、近きばかりおほふやうなれど、おほくおほふなり」です。


「自分の目の前にある貝には注意が向かず、ほかの会を見渡して、人の袖の影や、膝の下にまでキョロキョロやっているうち、自分の目の前の貝を人に取られてしまう。上手でたくさん貝を取る人は、そんなに人の貝の近くまで取ると思わせないようにして、自分の近くの貝ばかりを取っているように見えるけれども、ふたを開けてみるとたくさん取ってしまう。」

あぁー修学旅行でトランプの神経衰弱したとき、こんなことあった、あった!(笑)こんな鋭い観察眼を持つ吉田兼好ってすごい。

ほかにも、兼好には賀茂際の斎宮行列を見物して騒ぐ人々の姿を冷ややかに見るエピソードがありますが、このような貝合せのような「ゲーム」にも人柄というのはよくにじみ出ますよね。

さて、いまはこのような貝合せはもちろん、お雛様の七段飾りもなかなか見なくなりましたが、やはり女の子の健やかな成長と幸せを願うというのは変わりません。幸せのかたちも、蛤のように相性ぴったりの人に添い遂げる、ということばかりではなくなってきていますが、その分ひな祭りへの思い入れも人それぞれ、ご家庭それぞれだと思います。

お菓子をいただきながら、そして一服のお茶をいただきながら、自分の人生や将来、本当の望みについて、話し合うひとときになれば幸いです。

【今回の菓子】
銘:蛤
御製:とらや

2019年3月2日

古文を訪ねる, 真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

御霊神社(京都市西京区)~橘逸勢”遺されていない”三筆【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

御霊神社は、同じ名のものが日本各地にあることでよく知られている。御霊信仰という、ある特定の人物の御霊や怨霊を鎮める目的で創建されたものや、5つの神(つまり「五霊」)を祀るもの、先祖の霊を「御霊」として祭るものがあるという。

ここ桂離宮のすぐそばにある御霊神社は、別名下桂御霊神社。祭神は三筆の一人、橘逸勢である。神社の創建からご由緒、そして、彼が何者で歴史上なぜ「御霊」とされるようになったのか、どのような人生を送った人物であるのかなどについては、下桂御霊神社をはじめとする多くの案内文(サイト)を参照いただければと思う。

実は、彼自身の手によるとはっきりとわかっているものはない。すべて「伝橘逸勢」とされ、真跡だとはっきりとわかる遺墨は全くのこされていない。ただし能書家であること、そして特に隷書(楷書)にすぐれていたことは、「文徳実録」に記述がある。

神社の能舞台には、彼によるとされる「伊都内親王願文」が掲げられている。くわしい解説つきで非常にわかりやすい。

すぐそばには、書聖を祀る神社とあってか、書道教室に通う子どもたちの習字作品が飾られている。書聖と子どもたち、そして平安初期を生きた官人と、現代を生きる児童たちのコントラストも新鮮であった。

境内には、この「書」だけではなく、もう一つ興味深いものがあった。奉納された能の番組である。

うっすらと《羽衣》が読み取れ、同時におそらくこの能舞台で、実際に観能が行われていたことがうかがえる。
(ちなみに先述の「願文」などは橋掛りに。)

この大木は樹齢400年のムクロジ(無患字)。種子は羽根つきの羽の玉に使われる木だそうだ。秋に訪れたときの様子も楽しみである。

最後に、ご利益をご紹介しよう。

合格祈願、書道上達祈願、就職合格祈願・・・。人生の節目にぜひ訪れていただきたい。

なお、『日本文徳天皇実録』には、逸勢の性格は放胆で、細かいことには拘らなかったとあるそうだ。大胆不敵に生きたであろう彼を思いつつ、子どもたちが境内で遊ぶ声を聞きながら、心静かに参拝するのも一興である。