講師ブログ

2018年3月20日

古文を訪ねる, 講師ブログ

シリーズ古文を訪ねる 誠心院(京都市)

和泉式部ゆかりのお寺、誠心院です。四条河原町から歩いて5分。いわゆる繁華街にポンと現れます。

軒端の梅そのもの、というわけではないそうですが、和泉式部が愛でたのに因んで、梅が植えられています。

ですが、「知らぬ人の申せばとて用ひ給ふべからず」と、彼女は言うのかもしれません笑。「花も主を慕ふかと」感じるのは、道真と同じなのですね。梅の花って可憐だ( ^ω^ )

さてさて、ということで今回も品詞分解!皆さんご存知の百人一首です。

まずは和泉式部さん。
ポイントはやはり推量の助動詞「む」の連体形。さらに動詞「あり」の否定に続くので、「私は生きていないであろう」となります。えぇ!いきなりの命短し宣言!

そして終助詞の「もがな」。〜したい!という、実現不可能だと知りつつも抑えられない願い。つまり「私の命は長くないだろう。この世を去る思い出に、もう一度あなたに会いたい。会いたいの!」という、熱い思いが伝わってきます。さすが恋に生きた歌人。

そして娘さんの小式部さん。
即興で詠んだと伝わっていますが、技巧を凝らし、自分の言いたいこともパシッと含み、何やら爽快感満載です。
「いく」は「行く」と「生野」の掛詞。「ふみ」は「踏み」とお手紙の「文」との掛詞。さらに「橋」の縁語(ざっくり言うと、連想させる言葉です)。
そして「まだふみも見ず、天橋立」と倒置法まで駆使している。すごいね小式部さん!

彼女の歌は、母の和泉式部による代作なのではないかと噂され、歌会にあたって嫌味を言われてしまいます。「お母さんに早くお手紙書いてお願いしないといけませんねぇ」。

これを聞いた小式部は、代作じゃねぇし!とばかりにこの歌を詠み、母は生野を超えた丹後にいる、私は行ったことないし、母からの手紙なんて見たこともないし、要するに代作じゃねぇし!!という主張を込めたわけです。
いやもちろん、もう少しお上品だったとは思いますが(^◇^;)

百人一首なんか覚えて意味あるの?と言う小中学生はたくさんいます。うーむ、意味なんてありませんよ。逆上がりできて意味あるの?って言ってるのと同じ。意味は自分で「見出す」ものです。

必要性をもし本当に感じるとしたら、高校古文を始めてからではないでしょうか。そのときに「あぁ子どものときに覚えた歌は、本当はこんな意味があったんだ!」と気付くでしょう。古文の奥深さ、先人の生き方から感じるものもあるでしょう。

先生方や保護者の方にもしお願いできるなら、「意味あるの?」と聞かれたら「意味はこれから自分で見出すものだよ、そのときのために今はまず覚えて、口ずさむことが大切なんだよ」とお答えください。

決して一緒になって「そうだよねぇ適当にやっといたら?」なんて言わないでくださいね。

意味がないと感じたのは、あくまでご自身のお考えなのであって、子どもたちにまでそれを押しつけるようなことは、してはいけないのです。

花の咲く時期は人それぞれ。いまは分からなくても、必ず自分で気づく日が来ます。

2018年2月24日

古文, 大学受験, 講師ブログ

0勝1敗1引き分け ~早稲田大学○○合格~

「言います!あの・・・えっと、0勝1敗1引き分けです!」
「・・・引き分けってなにーーーー?!」

早稲田大学の文学部と政治経済学部の合格発表報告です。
1引き分けとは・・・そう、補欠合格。ちなみに文学部。

「ほんまに合格かはまだわからなくて・・・めっちゃそわそわするんすよー!僕、東京行くことになるんすかねー」

「でもいいんです!僕、このまま補欠で終わっても悔いはないです!やりきりました!ありがとうございました!」

補欠合格は、私にも初めての経験でした。
結局、補欠がホンモノになることはなく、「やりきった」とすがすがしく卒塾した彼は、同志社大学の学生になりました。

高3の7月。体験授業に来た彼の望む指導方針は、なかなか独特でした。

「絶対に僕に合わせてほしいんです。余計なことはしたくない。自分に足りないのは現代文だけなんです」

確かに英語、日本史は偏差値70。でも国語は45。

彼との受験勉強は「国語の苦手要因」を分析することから始まりました。

ご要望どおり現代文。
「なぜその答えになるのか」を解説しながらやり取りしていたときです。

「いやいや、だってこの筆者おかしいじゃないですか!こんな比喩使わなくったって、普通に読んでたら通じるし!なんすかこれ!」

・・・なるほど。“自分ならこうは考えないのに症候群“か。
彼のいう「筆者のおかしい部分」とは、つきつめると単純に「自分と考えが違うところ」でした。
はいはい、それは授業後に聞くね、と言うと、ご本人も思わず苦笑い。

そこで私は、こう尋ねました。

「古文、大丈夫なの?」

自分の主観で読むクセがついている人は、実は古文で本当に苦労するんです。

古語は、現代語よりも一語のもつ意味に幅があります。
また、文法もいわゆる助動詞「べし」の「ス・イ・カ・ト・メ・テ」や、敬語表現など、ひっかかりポイントってたくさん!ただの丸暗記に頼ると痛い目にあってしまいます。
さらに“主語が書かれていない”ときたら、もうお手上げ?!

幸い、彼の基礎力は十分にあり、古語と文法の暗記、知識には問題ありません。

そこで、徹底的に主語を取らせました。「誰が」「何が」とひたすら言わせる。主述のズレがないことを確認したら、文法に忠実に、その現代語訳をひたすら書かせる。

案の定、彼は

「たったこれだけの和歌にこんな意味を含ませるなんて、この主人公おかしい!」

「こんなに主語が省略されてる文章、わけわかるわけない!」

なんて叫んだ日もちらほら。

でも私には、「もっと知りたい。もっと深く本質に迫りたい。そんな自分を認めてほしい」という気持ちの表れのように感じました。そこで、寝殿造の構造などの古文常識や、そのウラ側などの指導も盛り込み、「自分の許容範囲」を広げてもらいました。

現代文の授業も「筆者の主張の根拠」を洗い出し、まずは正答率を上げた後、どうしても「おかしい!」点は深く掘り下げ、政治や経済についての自分の意見を言わせて、彼の知的欲求に応えます。

はじめの「僕のやり方にあわせてほしい」という宣言はどこへやら。素直に愚直に取り組んだおかげで、成績を安定させられるようになりました。

高3の12月模試では、国語の偏差値65。

入試前日には「現代文だけがやばいと思っていたけど、古文やってよかった。自分で見つけたやり方以外で、自分が納得できる勉強法を教えてもらってよかった」と話してくれました。

あの「引き分け」報告には、実は続きがあります。

「先生と二人三脚でやってきたんです。この補欠、ありがたく今後の人生に活かしますよ。
早稲田の補欠、絶対合コンで受けると思うんです!がんばります!!」

おぉ・・・そうか。うん、そういう気概は大切やな!(笑)

2018年2月23日

受験, 講師ブログ

最後のお願い!

「受験終わったら何しよう?」とか「受かったら何して遊ぼう?」とか、あちこちで聞こえてくる時期です。

今まで頑張ってきたんですから、ここは思いっきり羽を伸ばすのがいちばん。

でも、そこに「親戚のお家に報告とお礼を言いに行く」をぜひ入れてねと、毎年話しています。

進路はもちろん自分の努力と実力で決めたものですが、そこにはいろんなの人たちの応援と支えがあったはず。

いま家族や親戚のことを想える人は、きっと将来も周りの人たちを想い、幸せにし、強く優しく生きていけるんだと思います。

彼らが大人の階段を上った先に何が待ってるのか、楽しみは尽きません。

2018年2月23日

大学受験, 推薦入試, 講師ブログ

大学推薦入試の初めの一歩

指定校推薦、AO、公募制推薦と、早ければ秋から受験本番時期が始まります。
一般入試を待たずして、少しずつ大学合格の報告があり、その度に歓声を上げるのが塾講師のお約束。

ですがこの推薦入試、なかなかのくせ者なのです。

推薦入試にまつわる不安ランキング

第1位:突然目の前に現れた「志望理由書」「小論文」「面接」
第2位:もし落ちたら、一般入試で合格できる自信がない
第3位:長い文章が書けない

いやちょっと待って!志望理由はそもそも「ある」でしょ?突然じゃないよー!
小論文も面接も、いかに日ごろからそれに即したモノの考え方をしているかがポイントです。

突然やろうと思って突然がんばったって、効果は知れています。
(本当のところは、本人が志望理由書などをどこかで軽視しているのが、一番ゆゆしき問題です)

必死な彼らには、あまり自覚は無いようですが、健全な努力ができているかどうかは、見たらすぐに分かります。
いわば”合格フラグ”です。推薦入試も同様。

18歳は進学や就職という節目の時期。
本来ならば、自分の意見や考えを、十分に他人に伝えられる力を持っている年齢です。

今まさに入試の仕組みや教育そのものの転換期を迎えていますが、この先いつの時代も同じことでしょう。

ふさわしい知識を身につけ、それを受け入れ、ときには批評もし、自分の意見や主張を伝えましょう。

長い文章は書きたくない、面接だから緊張して話せない、ということでは困ります。

健全な努力を経験した人にこそ、実力と精神力が備わります。
努力の仕方は、講師から教わることができます。
志望校を決めて、学部を決めて、推薦を受けるかどうかが決まったら、とにかく早く相談していくださいね。

初めの一歩の踏み出し方、次の一歩のための方法、そしていずれ一人でステップを踏めるようになるコツ、教えます。

2018年2月23日

大学生講座, 学び, 私塾探訪, 講師ブログ

私塾探訪vol.1 適塾

緒方洪庵の適塾に来ました!
面白い!建物も展示も目を見張るものばかり!
広いお屋敷をウロウロキョロキョロとしつつ、気分はなんだか福沢諭吉です。

洪庵はどんな学生のどんな意見にも耳を傾け、「そうかそうか、君はそのように考えるのか」と朗らかに肯定して接していたと、本で読んだことがあります。

医学を志して適塾に入った塾生が、学ぶうちに兵学に目覚めるという話は興味深かったです。
〇〇になりたいから△△の資格を取って、〇〇大学で勉強して…という一本道思考がされがちですが、学びの”遊びの部分”をしっかり残しておきたい。
文系か理系かの二者択一から、まるでコンパスで同心円を広げていくかのような横断的な学び方に、時代は変わってきています。

針をどこに刺すかを決めるのは、若い学生たちです。健全に遊ぶことを恐れないでください。

やっぱり教育ってすごい。教職、教育業界が厳しいと言われて久しいですが、それでも「教える仕事」を求める人が続くのは、やはり生き物としての本能というべきか。「教えを繋ぐ」こと「人を育て、幸せに貢献する」ことは、命をつなぐことだと思います。

たとえ教えた人間が望むような形を完成できないまま人生を終えたとしても、それを受け継いでくれる人は必ずいます。
なぜ勉強するのか。なぜ学ぶのか。それは「将来、しかるべきだれかを助けるため」です。

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