講師ブログ

2018年6月23日

コミュニケーション, 受験, 大学受験, 大学生講座, 講師ブログ, 進路指導, 面談, 高校部

おぬし!

「おぬし、それはやばいぜ」ごっこの時期です。
なんですかそれ、とよく聞かれますが、ネーミングそのままです。

「入試当日という日は決まっていて、何があっても絶対に変えられない。人生に終わりがあるように、試験勉強にも終わりがある。このままじゃやばいぜ、落ちてからではなにもかもが遅い」

敢えて、ごっこ、と銘打って遊び心を出してから生徒を呼び出しています。
ティーンエイジャーに向かって「人生には終わりがある」と語るのですから、まぁ楽しいものではありません。
みんなサッと顔色を変えます。

でも変えた顔色には、本気さが宿ります。
チャイムが鳴っても勉強をやめず、そろそろ帰らないと、と言っても生返事で、翌日も学校から直行でやってきて、またいつまでも勉強するようになります。

これで一日10時間コースの完成。
あとは、残りの数ヶ月、またサボり始めたときにクギをさしたり、泣きそうなときに笑い話をしたり、ときどき一緒にコーヒーを飲んだりするだけです。

究極のところ、私たち大人は、彼らが思いっきり頑張れるような環境を整備することしかできません。
もちろん授業もその一環ですが、悲しいかなあくまでスパイス程度にしかなりえないと、そう考えておくくらいでちょうどよいのです。
だからこそ、思いっきりさを引き出せていないのならば、我々は強く自己反省が必要です。

生徒の心に火をつける、という名言があります。
逆説的ですが、いざそれをやれる講師は、火をつけようなんて思っていないはずです。当たり前の声かけを、その子のために、当たり前に勇気をもって口に出しているだけなのです。

おぬし、ここまで頑張ってきたのに失速してどうするんだ。あと○日しかない。必ず受験は終わる。どうせ終わるなら、受かって終わりたいでしょ?

おぬし、こんなテキトーに志望校を書いて、それでCだEだと言っても、もとの選択がテキトーなんだからあてにならない。本当に行きたいところはどこなの?模試は本番じゃないぜ。

ここからが勝負です。

2018年6月23日

コミュニケーション, 大学受験, 学び, 講師ブログ, 高1, 高2, 高校部

勉強しない理由?

全力を尽くした上でやむを得ず生徒と距離を置く、ということがあります。
「なんとかしてあげたいけれど、もうこれ以上は踏み込めない」という、なんとも心苦しい状態です。

フラグは大きく5つ。
1.志望校がない(どこでもいい)
2.(ずっと)心身の調子がすぐれずに「勉強できない」
3.高校の課外活動などが忙しくて「勉強できない」
4.先生(講師)と「うまくいかない」ために「勉強できない」
5.ほかの科目で「忙しい」ために「勉強できない」

どんなに大切に思う植物でも、日当たりの悪い場所に置いたままに、水をあげすぎては枯れてしまいます。

同様に、生徒自身が日の当たるほうに自分の力で伸びようとしてくれるまで、私たちは待つしかない。
たとえ、それを待っていると「入試に間に合わない」かもしれないと危惧しても、水のやりすぎで彼らを根っこから腐らせてしまうよりは、待つほうがまだ再生のチャンスはあります。

受験勉強が大好き!と言える生徒はごく少数でしょう。ふつうはつらい、厳しい、大変だ、と感じて当然です。

でもだからといって、彼らは決してかわいそうな状況に置かれているのではありません。成功へのプロセスを辿っているだけなのです。
決して、安易な「勉強しない理由」を作らせてはいけません。

明らかに自分に不足している点があるのに、それを誰からも指摘されず、しっかりとしたサポートもされず、ほめられもせず、叱られもせず・・・。
もし自分が同じ立場に置かれたら、どれほど行き詰った思いがするでしょうか。

ビリギャルの主人公は学校行事の当日も勉強していたそうです。
私はヤンキー古文の吉野先生の著書を読んで受験期を過ごしましたが、「四六時中ずーっと勉強していた」という内容を読んで、「同じ人間なのだから私にだってできるはず」と、怠け心や不安に立ち向かいました。

多くの塾で、メインの生徒である中学生は皆「高校生」になり、いずれ「大学生」になります。
高校生なっても「きっちりと」、高1であっても親身に、高2で伸び悩みがみられるときには早めに、高3では受験に一人で立ち向かえるように。

早く手を打って失敗する、ということはありません。
むしろ、目の前の高校生活の毎日で必死な生徒たちに、その足元の少し先を照らしてあげることが、高校部の役割なのだと思います。

・たとえどんなに部活が忙しくても、それは「勉強しない理由」にはならないよ。
・たしかにご家庭で意見の相違があって、それがどうしても気になっているとしても、申し訳ないけどそれは「勉強しない理由」にはならないんだよ。
・たとえ先生のやり方が「合わないな」と感じる部分があったとしても、だからといって「自分が勉強しなくなった理由」にはならないよ。
・熱があってしんどかったのはよくわかるけど、だからといって無断で課題をすっぽかしていい理由にはならないよね。

生徒に寄り添うために「同調」する必要はありません。
彼らに「物事の新しい捉え方」を示すことのできる講師が、いちばん信頼されるのではないでしょうか。

2018年5月23日

コミュニケーション, 受験, 大学受験, 学校の課題, 講師ブログ, 面談, 高1, 高2

”毎日”勉強していましたか?

1学期の中間考査の答案が返ってくるころです。
どう反省しますか?反省させますか?

点数が悪かった
時間が足りなくて全部解けなかった
テスト勉強がはかどらなかった
学校の提出物がギリギリまで終わらなかった

いろいろあると思います。それでいいのです。

むしろ「反省点はない」「分からない」と言ってる人、自覚がないだけに非常に危険ですよ。

さて、上記4つのよくある「反省」ですが、
そんなの生徒の様子を見たらわかります。大事なのはここから。

なぜそんな事態に陥ったのか?

です。

以下、生徒に話すことをそのまま挙げます。非常に厳しいです。ご注意ください。

・毎日勉強できていたのか。テスト前に気合いだけ入れて空回りをしていたのではないか?

・「出るよ」と言われた問題だけを必死に丸暗記して、ほかをおろそかにしていたかったか。そんなずるさで得をしようとして、結果自滅しただけではないのか?

・課題や学校教材は3回繰り返したのか。「範囲発表が遅かったから」は通用しません。学校の授業や予習復習は毎日あります。その日じゅうの復習で1回、数日後の復習で2回、テスト前に3回。意外と簡単ですね(^^)

つまりは自分の取り組み姿勢なのです。

自分の頭の良さでも、もちろん学校の指導詳細のせいでもなく、自分の毎日の自己管理なのです。

だから、いますぐ、塾長先生&生徒の面談をしましょう。科目別の分析は、もちろん授業の先生と。

話の中身は、次の期末テストに向けた取り組み方法の確定です。

確定させるわけですから、守らせなければなりません。
守らせることに関しては、鬼の対応が必要。

よく「テストの点数を見て厳しく指導する」と考える先生や保護者の方もおられます。
でも、点数を見て、落ち込み焦っているのは生徒自身です。輪をかけて叱責しても無意味。

本当の厳しさは、面談後からです。
本当の講師の腕の見せどころは、ここからなのです。

2018年4月30日

コミュニケーション, 受験, 講師ブログ, 進路指導

”なんとなく”の功罪

なんとなく、で難しい何かが達成できることはありません。

とりあえず、という軽い気持ちままでいつまでも進めるほど、ほんものの人生は簡単にはできていません。

例えばこんな風に。

「飲食店で専門的に働く仕事がしたいけど、とりあえず大学に行きたい。もしうまくいかなくて、その仕事になれなかったら困るから。…え、大学でどんな勉強するか?なんでもいい。なんとなく〇〇大学って決めてるけど・・・。」

私が、適当に決めるなら適当にしか指導できませんよ、と言って、いまの努力のままで入れる進学先候補を紹介すると、

「それは絶対いやだ」

と彼らは言います。このような生徒に限って、そのなんとなくの「〇〇大学」に入る勉強や努力はしません。
そして、本当にびっくりしてしまうのですが、その専門的な飲食の仕事に関する情報にも、興味を示しません。

「なんとなく」という安易な考えを続けることがいかに人のモチベーションを下げているのか、お分かりいただけると思います。

 

「もしうまくいかなかったときのために」というのも、腑に落ちません。私たちが生きるこの社会は、気づかないところで必ず皆が繋がっています。

「上手くいかないかもしれない」ことを前提にして、別の道に保険をかけて、成功したプロがいるでしょうか。

上手くいかせるための努力があってこそ、プロとして社会に必要とされるのです。

確かにイチローは、中学生のころから、もし野球で何か不測の事態があったら、と考えて、勉強も一生懸命にしたそうです。

ですが「野球がうまくいかなかったら」とは、思っていなかったはずです。あくまで万が一のケガや、引退が早まったときを想定してのことでしょう。

 

高校生も、最近では中学生や保護者の方でさえも、ただなんとなく大学生という肩書きを得たいだけとしか思えない発言が目立つように感じます。

こうなったら仕方がありません、保護者の方も巻き込んで、烈火のこどく叱り飛ばします。

この社会は繋がっています。身近な人間が指摘しないのならば、代わって誰かが叱らないといけないのです。

 

大学は本来、勉強をするために存在しています。勉強しないで、努力を避けておいて、入学できるわけはないのです。高額な授業料をかけて、ただ大学生の卒業証明を手に入れて振りかざしたいだけなのですか?

「やりたいことはまだ見つからないけど、でも大学で何か勉強したい。職業は、好きな大学、環境で、4年間勉強を頑張ってみて、それから決めます。だからいまは成績を上げたい、お願いします。」

と、堂々と明るく言える子は、必ず成功します。これが、本音で語るということです。

 

我々、塾講師は皆、「なんでも相談してね」と、もちろん声をかけます。

でも「愚痴を聞くよ」ということではありません。不安は一緒に解消します。飛躍しましょう。

 

上手くいくための方法を知りたいと感じたら、同時に「やり始めたら後には引かないぞ」という、強い気持ちが必要であることを、忘れないでください。

2018年3月20日

古文を訪ねる, 講師ブログ

シリーズ古文を訪ねる 天橋立(京都府)

町内会の天橋立バスツアーに参加しました!
真花塾スタッフと一緒です(^^)

お天気に恵まれて、皆さんに楽しませていただいて、本当にいい一日でした。

案内板を見た瞬間、こんなときにも、ついスマホで即興品詞分解( ^ω^ )笑

黄色と青でなぜ色分けしたのか、もうお分かりですね!

黄色→助詞。「の」は格助詞で「が」に代わることができる主格。コレ大事!「や」は詠嘆の終助詞で、直前が「なれ」と已然形になります。

青→助動詞。もちろん過去の「き」の連体形。直前が「かよい」で連用形接続。

では現代語訳ヨシカワ版。

古に、神が何度となく降り立ったという跡は、まさしくこの場所なのだなぁ。天橋立が雲の向こうに続いてみえる。

文法は、覚えておけばこうやって瞬時に意味が取れます。覚えてからがスタートですよ!

上記の現代語訳は、さらに天橋立の由来を汲み取って、感じたままに表現してみました。

以上、行楽シーズンも古文を楽しましょうの巻でした^ ^!笑

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