講師ブログ

2019年11月22日

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“また塾に通おう”も大歓迎!高3国語7月記述模試 学年1位になれる古典勉強のヒミツ

無事に高校合格した直後の生徒たちは、入学先の高校からしっかりと宿題を出されます。本当にお祝いモードで遊べるのは、ほんのわずかな時間のみ。高校進学は“勉強するために自分で選んだ進路なのだ”と、いきなり再確認させられます。

さらに、入学後もやるべきことが盛りだくさん。週末課題、提出する問題集、授業の宿題と予習と復習。さらには小テストの勉強もあります。

このように、毎日求められる標準的な勉強時間が、中学生だったころよりも格段に長くなります。プラスして部活動やアルバイトをしたり、友達や家族と遊びに行きたいとなると、もう一日が24時間じゃとても足りない!

ですから、もちろん新高1生のときからしっかりと「将来の大学受験生」のつもりで勉強を続けるほうがいいのです。大学受験は“全国大会”です。通っていた中学校、合格した高校の仲間と比べて満足していても、それが本当に大学受験で通用する力であるとは言い切れません。

・・・と、急に脅すようなことを言ってみました。
いま高2生、高3生の皆さんは、「そんなこと言われてももう時間は戻らない。手遅れなのか・・・?!」と、焦りにふるえているかもしれませんね(笑)でも大丈夫。

「もう一度塾に通おう」「このままじゃアブナイからちゃんと勉強しなくちゃ!」と、自分からやろう!と決めて塾を探そうとしている人は、起死回生ができる素質をちゃんと持っています。あとは、いまのこの思いをしっかりと努力に昇華させることです。

■高2の2学期で「また塾に通おう」と決めたKさん
彼女とは、中学生のときに高校受験勉強をいっしょにしました。晴れて、あこがれの進学校に合格して、そのまま卒塾。でも、暗記は得意だけど、記述問題を解答するのには不安がある生徒さんでした。

高2の2学期に、また塾に戻ってきてからは、徹底して学校の授業の予習と宿題サポート、テスト対策を行い、3学期から本格的に受験対策を開始しました。高3の7月の模試では、国語の校内順位が1位になりました!そんな彼女にちょっとインタビューです。

質問1)また塾に通おうと思ったきっかけは?
Kさん:だんだんと行きたい大学や学部がみえてきた高2の夏休みに、ふと「このままでは絶対受からない!」と思って、また先生に教えてもらおうと決めて、親にお願いしました。アルバイトもしていたし、高1のときは学校の授業も、板書をテキトーに丸写しして丸暗記していただけでめっちゃ成績も悪かったけど、ちゃんと教わりたいと思いました。

質問2)復塾する前と、勉強の取り組み方は変わりましたか?どんなことに気をつけましたか?
Kさん:現代語訳の丸暗記をやめて、先生に言われた品詞分解をしっかりやるように変えました。そしたら、学校で配られた訳文の意味と文法がよくわかるようになって、勉強のやり方がわかりました。どんな文も全部品詞分解するのって、慣れるまでは時間がかかりましたけど、きっちり絶対やるんだといつも先生が言ってくれたのでできました!

質問3)進学校である高校校内で国語が学年1位になりましたね!
kさん:はい!めっちゃうれしかったです。その模試の成績票はお母さんにすぐに見せました(笑)あと、自分は関西の難関私立大学に行くと決めたんですが、古文で自信がついてきたので、英語、世界史や現代文の勉強時間を長く取れるようになって、ほっとしました。

彼女の大学受験勉強もあと数か月。いまでは、安定した古文を武器に、他科目にもバランスよく時間をかけつつ、より志望大学の問題傾向に合わせた演習に力を入れています。がんばれ、目指すゴールまであともう少し!!

※ここまでお読みいただいた方のなかには、「なんだ、品詞分解なんて当たり前じゃないか」「なんにも特別なヒミツや裏技でもないじゃないか」と感じられる方もおられるかもしれません。

そうです、おっしゃるとおり、なんにも特別なことはしていません。

でも、品詞分解を本当におろそかにしたまま「精確な訳文」に「内容理解」ができるものではありません。

私たちが「ふだん現代文読解において品詞分解をしない」のは、それはほとんどの皆さんにとって現代語が母国語であるからです。でも、古文はそうではありませんよね。まずは語彙と文法、古典常識にのっとって正確に解釈できるよう、当たり前のことを当たり前に行い、続けることが何よりも大切です。

Kさん:あ、先生、もうちょっと言いたいことがあるんですけどいいですか?

お、はいどうぞ^^。

Kさん:自分にとってめちゃ“特別”と思ったこと、ありますよ!先生の辞書の引き方とか見方と、文法書の使い方と国語便覧の使い方とか、教えてもらって参考になりました。あんなふうにちゃんと使ったことってなかったから。すごいと思いました!

ありがとう。そうですね。せっかく受験勉強のいい“道具”を持っているのに、正しく効果的に活用しないと成績には結びつきません。ちゃんと調べる、ちゃんと使いこなすという姿勢は、自分から積極的に楽しみを持って、迷いなく勉強できる訓練につながっていきますね!

さぁ、“またあらためて塾を探している”という迷えるアナタや“とにかく今より古文ができるようになりたい”と心から願っているアナタ、お気軽にお問合せください。

塾長ヨシカワが心をこめてお待ちしています!

2019年11月18日

古文を訪ねる, , 学び, 真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

建勲神社〜信長の“強さ”と伝統芸能【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

船岡山にあり、織田信長を祀る神社である建勲神社は、「信長の大ファンだった」という明治天皇の御下命で創建されました。正式には「たけいさおじんじゃ」というそうです。

さて、信長といえば誰もがしる戦国武将。私にとっては、子ども時分に初めて知った歴史上の人物であり、社会人になっても折に触れて思い出します。原点にして頂点といったところでしょうか。メディアによる「理想の上司ランキング」でもよく登場します。皆さんは信長、お好きですか?

これまでさまざまになされてきた信長の功績や人物についての評価ですが、信長が「強かった」ことは確かといえるでしょう。今回は、とりわけ精神面の強さの秘密を考えてみます。

訪れたのは2019年初秋。青々とした木々と山、そして市街地が見渡せ、心地よい時間が流れていました。

建勲神社の数々の写真とともに、ぜひ信長の人生を流れる湧水を感じていただけたらと思います。

■若き日の“うつけ”と外見戦略
信長の”うつけ”エピソードは、奇抜ないでたちを中心に語られます。湯帷子に半袴に、瓢箪を腰にぶらさげて・・・という服装ですね。
さらには、父である信秀が病死した際、葬儀の場では大幅に遅刻したばかりか、いつもの”うつけ”姿に袴すら履いていない格好でやってきて、父の仏前に抹香を投げつけてさっさと帰ってしまったのです。

ですが、信長の”うつけ”は本人による「戦略」だったという説が有力です。

天正22(1553)年、美濃国の斉藤道三と会見したときのことです。すでに信長はその数年前に、斉藤道三の娘、濃姫を正室にしていました。

『信長公記』には、斉藤道三は娘婿のうつけぶりを、正式な面会前に覗き見していたという記述があります。会見場所の正得寺(いまは聖徳寺)にやってくる信長ご一行を、こっそりと見たかったのですね。

そして道三は、自分は礼儀正しい服装で信長を出迎えて、彼に恥をかかせようと考えていたのだとか。

それが・・・!

いざ実際に会見にやってきた信長は、髪も装束もしっかりとあらためており、道三を非常に驚かせただけでなく、道三との話の受け答えも堂々として立派だったとのことです。

もし若き信長がうつけを「戦略的に演じていた」として、その意図や道三との会見に臨んだ思いは、きっと本人のみぞ知るのでしょう。

ですが、私は子どもながらに、この行列のエピソードには大変な感銘を受けました。やるときゃやる!と、わざと普段との切り替えを見せることも、れっきとした戦略になるのだと知ったのです。

うつけ時代の信長の、織田家の嫡男らしからぬ奇抜な服装も、一説では庶民の生活空間にとけこみ、自分の目で実情を確かめたかったからだと言われています。若気の至りだとか、父・信秀への反抗心だとかいう意見も目にしたことがありますが、ここは「明確な意図」と、それに基づいた自己演出だと考えたいと思います。

■信長と謡・舞
有名な桶狭間の戦いは、永禄3(1560)年5月のことです。今川義元を迎え討つために発つ直前、信長が舞った幸若舞「敦盛」の「人間五十年」の節はあまりに知られています。

人間五十年
下天のうちにくらぶれば
夢幻のごとくなり
一たび生を得て
滅せぬもののあるべきか

最後の「か」は反語の係助詞です。つまり、「ひとたびこの世に生まれて、死なないものはあるだろうか、いやそんなはすはない。すべてのものはいつか必ず死ぬのだ」となります。

信長は当時27歳でした。そして、大軍を前に、負けは即、死を意味する危機的な状況から、私たちはつい「信長がこの謡のことばに自らを重ね、プレッシャーをはね返す力を得たのだろう」と推測しがちです。

でも、どうやらもっと根本的に「なぜ出陣の直前に舞ったのか」ということも考えておかなければならないようです。信長は、今川軍が織田領にせまっているという情報を得ておきながら、あえてすぐに迎え討つようなことをせず、騒ぐ家臣をよそに一人で部屋にこもっていました。

それは「自分の恐怖心と不安を逆手に取り、極限に高めておくための戦略的な時間だった」のだと聞いたことあります。そうでなければ、突然にこの「敦盛」を舞い、猛スピードで出陣の準備をして、家来を置いてきぼりにする勢いで駆けては行けなかっただろうと。

(小出しで受け取る断片的な情報を、一人で思案してつなぎ合わせ、いざ出陣して勝てるタイミングを計っていたからという解釈もあります)

恐怖と不安を逆手に取る意図があったとするならば、やはり謡って舞うという手段には納得させられます。謡のことばにももちろん感銘を受けますが、もっとフィジカルな信長の“強さの秘密”ともいえるものです。

■怖くなんてないさ!と思えてくるほどの内面と身体の充実
「おばけなんてうそさ」という歌がありますね。たとえば子どものころ、肝試しのときや、暗い夜道を行くときなど、口ずさむとちょっと怖さが和らいだ気持ちになったという人も多いのではないでしょうか。

日ごろから、理屈抜きに「どんなに恐怖があってもこれをすれば落ち着く!」という、自分のルーティンのようなものをひとつ身につけておくだけで、心にも振る舞いにも余裕が出てきます。あー不安だ、あーどうしよう怖い!という場面になっても、いざ大人になって社会に出ると、それをあからさまに見せていいわけではなくなっていきます。(とくにプレゼンテーションや営業など)

現代に生きる私たちにとって、ありのままの自分を知りながらも、マイナスな気持ちをコントロールしたり、いい意味で「他人が見たらどう感じるか」を気にして逆手に取ることも、生きる知恵といえるでしょう。

そんなとき、舞のもつ鍛錬の力を知っておくのもアイデアの一つです。もちろん、いまの時代においてはダンスのように身近なものではありませんし、ちょっと真似してみてできるようなものではないでしょう。だからこそ鍛錬にふさわしいといえます。

実際に仕舞を教わってみると

すり足によって足裏全体で地を踏みしめるような感覚
重心を下に維持した体重移動
・肩を下げるなどで自然と深くなっていく呼吸
・非日常的な稽古という時間と程よい緊張感

など、人それぞれに心地よさを感じられることと思います。

さらにでは

腹筋を使い、のどの奥が開くような発声
・とにかく大きな声をおもいきり出せる開放感

も得られます。

ただ「教えてもらおう」「楽しもう」という姿勢だけではなく、自分で練習してきたことが正しいかどうかを見ていただこう、教えていただこうという思いが芽生えやすいのも、伝統芸能ならではではないかと思います。いわゆるレッスン、と同じ意味とはならないのも、このあたりに秘密があるのかもしれません。

■信長の有名な「うつけ」「人生五十年」のエピソードを通じ、皆さんの信長に対するイメージは変わられたでしょうか。

歴史上の人物には魅力がいっぱいです。ごく一部の史実からでさえも、少し角度を変えて見てみることで、いまを生きる私たちにとってとても多くの気づきが得られます。

きっと信長は、戦国の世に生まれたから、織田家の当主だから強かったのではなく、若い時分から、自ら日々の鍛錬を行い、そして自分をよく知って演出を工夫し続けたからこそ、のちの歴史に残る功績につながったのでしょう。

真花塾は、”明日使える古典”をモットーに、大学生や社会人になっても皆さんの学びを応援しています。

2019年10月29日

学び, 真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

妙心寺塔頭 退蔵院 難問こそ楽しくアイデアを!「瓢鮎図」【真花塾にほん伝統文化プロジェクト】

お庭の美しさと呈茶がたのしめるお寺として、妙心寺の数多い塔頭のなかでも印象に残る退蔵院。かつ、禅の面白さに触れることのできる点で、非常に貴重な場所ではないかと思います。

写真の撮影時、季節は初秋。緑あざやかな木立が作り出す、光と影の美しさがとてもステキでした。

なかでも奥深い示唆を与えられる思いがするのは、如拙による水墨画、国宝「瓢鮎図」。歴史の教科書で見覚えのある人も多いのではないでしょうか。

中央に描かれている男性が、腕を突っ張りながら両手で瓢箪を持っています。水には、大きなナマズがどーんと泳いでいます。男性は何をしようとしているのかというと・・・ナマズを捕まえようとしているといいます、しかも瓢箪を使って。

「瓢箪でナマズを捕まえることができるか」

この問いの発案は、室町幕府四代将軍、足利義持です。画僧の如拙が絵を描いていますが、瓢鮎図の上半分を占めるようにびっしりと書かれた文言は、当時の禅僧たちによる「問いの答え」です。全部で31詩にもなります。

それにしても、表面ツルツルの瓢箪で、同じくツルツルにすべる鯰って、本当に押さえつけて捕まえられるものでしょうか。うーん・・・無理っぽくない?と誰もが思いますよね

31の「回答」である詩のなかから、印象的なものを挙げてみます。

■またどうして瓢箪で鯰をおさえようとするのか。
魚はそれすら意識せず、広い水の中を泳いでいる。それを同じように、人も無限の道(どう)にひたっているだけなのだ。

■客観的には“大笑い”
鯰の頭をおさえ、しっぽもおさえ、瓢箪は左へころころ、右へころころ
男は倒れて泥んこ。側で見る者にとってはクスクス笑うのみ。

■そのうちに鯰ではなくなるぞ
ただ水辺で瓢箪をつかっておさえていても、転がるだけた。鯰をおさえようとしてもどうしようもない。むしろ鯰は(そばに生えている)竹に登り、龍となるだろう。

面白い。31こ全てが、回答になっているような、なっていないような・・・いや、やっぱりなってない(笑)。

義持はこの謎かけにおいて、なにも完ぺきな答えを求めていたのではなく、出題そのものを楽しんでいたのだそうです。そして、回答する禅僧たちも、くすくすと笑いながら楽しんで考えていたのだといいます。「瓢箪で鯰なんて捕まえられるわけがないでしょ。そんなことを考えるよりもさ・・・」と斜め上のこたえを考えめぐらせる、彼らの笑いながらも真剣な表情が目に浮かぶようです。

禅といえば、座禅ですね。その座禅の目的も、大きく2パターンあると聞いたことがあります。ひとつは「無」になるための座禅、もうひとつは「あるテーマについて考えを巡らせる」(公案)ための座禅です。

後者について、公案とはことばを駆使して思考をすることです。悟りに至るために非常に重要だと言われていますが、興味深いのは同じ一つの公案であっても、禅僧たちの解釈はけっして同じではないことです。あえて、バラバラである解釈から学び取ることが大切なのだと思います。

あまり日常で「禅」を意識するチャンスの少ない私たちにとっても、ことばを読み、ことばを知り、そして気づいた事柄を自分のことばで表現することこそが「自分らしさ」を得ることに繋がります。

人は、幼児、小中学生、高校生を経て、大学生そして大人になるにつれ、学習の目的も姿勢も大きく異なっていきます。それでも「読み・書き・知り・努力を楽しむ」という学びの本質は同じです。

それは、内容をただただ丸暗記することに満足したり、誰かが述べる「正答」を覚えるだけだったり、自分で工夫することなく、指示された勉強「しか」やりたがらないうちは、けっして体得できないものです。ましてや楽しみを感じることはできません。

ですが、実社会は「すぐに答えが出そうにない問い」であふれています。ざっと仕事で求められるものを思いつくだけでも、仕事の効率化、顧客心理のつかみ方、商品開発、組織の活性化など。実際に挑まなければならない課題は、現場に合わせて細分化すれば数えきれないくらいです。

瓢鮎図を目の前にした禅僧たちのように、たとえ「そんなすぐに答えが分かるわけがない」と思ったとしても、「だからこそ起死回生のアイデアを」と楽しんで考え抜いていきたいものですね。

お庭での安らぎも、お抹茶とお菓子のおいしさも、そして悩み考えることの面白さと・・・。いい時間が過ごせました!

2019年7月13日

真花塾にほん伝統文化プロジェクト, 講師ブログ

お楽しみ!祇園祭2019【真花塾にほん伝統文化プロジェクト番外編】

京の夏といえばやはり祇園祭。今年で1150年を迎えます。

7月1日の吉符入(きっぷいり)を皮切りに、17日の前祭山鉾巡行、24日の後祭山鉾巡行、そして7月31日の疫神社夏越祭(えきじんじゃなごしさい)と、一か月間にわたって神事、祭事が行われます。

カメラを片手に、女子大生スタッフTが鉾建て(10日~12日)お迎え提灯(12日)を見て歩きました!

まずは鉾建て。雨にも負けず!

函谷鉾

月鉾

放下鉾

数多くの懸想品に彩られた山鉾も、このように組み立てられていく過程も非常に興味深いものです。手際のよい技の数々に見入ってしまいます。

そしてお迎え提灯。神輿洗いを終えた神輿を出迎えます。

★今年はご縁をいただいて、真花塾メンバーも微力ながら屋台でお手伝い(^^♪
14日~16日、女子大生スタッフNのこんなチラシもお手に取っていただけるかも?!

2019年6月28日

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夏休みだからこそ場所を選ばない動画添削!【高校生指導Q&Avol.18】

こんにちは!真花塾塾長ヨシカワです。
今年の関西の梅雨入りは、ついこのあいだ。いよいよこれから本格的に雨が続きます。

夏休みの大敵はなんといっても豪雨に台風。

急な警報や交通機関の乱れにより、学校だけでなく塾も休講にならざるを得ないこともあります。やった休みだ!と思えるのは、はじめのほんの一瞬だけ。とくに大学受験生にもなると、とても複雑な思いを抱えます。

■あー授業の進度が遅れちゃう。小テストの日程も変わるなぁ。
■家で頑張るったって、いつもは自習室にいるから家でやる習慣がない。どうしたらいいんだろう。
振替授業っていつになるんだろう。早く決まらないかなぁ。

もちろん塾長先生にとっても、葛藤は同じだと思います。予測のできない状況における休講対応は、やはりとても大変です。振替授業の日時を決めるための講師の手配、生徒への連絡・・・。

そして何よりも「あの子たち、今ごろ家でどうしてるんだろう。がんばってるのかな。心配だな・・・」という心からの気がかり。

私がこの真花塾を、京都市内でのオフライン塾から動画添削メインのネット塾にリニューアルし、いちばん安堵したのはこれらの解決が図れたことです。

■ネット環境さえあれば家も「最高の勉強場所」になる
■youtube動画やLINEメッセージで、心配なときもリアルタイムに「勉強面を」励ますことができる
※もちろん定期的なzoomによる授業や面談も。

これらはごくシンプルなことですが、私がいちばん大切にしていることは「勉強面」を励ますことです。

ある超一流といわれたプロ野球選手の名言に、「仕事のストレスは仕事で発散する」というのがあります。

受験生ならば「勉強のストレスは勉強で発散する」というレベルに持っていけば最強です。

安易な気分転換につきあってしまったり、こちらがのんきに雑談や愚痴をきいてしまっているうちは、彼らはほんものの受験生にはなれません。

よく「実際に会ったこともないのに」「画面ごしのコミュニケーションなのに」と、ネット指導のデメリットを挙げられることがあります。そのとおり、まさにおっしゃるとおりです。

でもだからこそ、私は対面で授業をするときの5倍のエネルギーを意識して、彼らに動画とメッセージを送り続けています。たとえ「なにも連絡をしない」日も、彼らのことを忘れたことはありません。

一人ひとりに合った、踏み込むべきタイミングを見極めたり、ここぞ!と思うときに声をかけたり、彼らが自分から課題を送ってきたり、連絡をくれるのを待っています。

もうすぐ夏休みです。高3生は一日12時間の勉強に挑ませなければなりません。そんなとき「家では集中できないから塾をずっと開けてほしい」と願い出る受験生もいるそうです。でもそれが果たして現実的なのか、本当の意味で受験生にとって有益なことなのか、大人の立場としてはやはり疑問に感じます。

それに、どれだけ要望に応じようとしても、悪天候になってしまえば身の安全が先です。ではどこでかんばるか?そういった意味でも「家でできる」生徒になってほしい。

生徒も講師も、いい意味で「ひとりでも大丈夫」と言える自信をつける夏休みを過ごし、ますます勉強内容もそれに向き合う姿勢も、ほんものを目指して高めていってほしいと思います。